陸前高田市 一本松の取材を元にした作品「一本松の記憶」

   

彫刻家の大黒貴之です。

ぼくがドイツに渡ったのは
2001年10月と2011年4月の2回です。

2回目の渡独直前、自宅を使って
これまでに日本で制作した作品をみてもらおうと
開催したのが「大黒貴之彫刻展 渡独以前」でした。

大黒貴之展 渡独以前2000-2001

その展覧会の準備やドイツ引っ越しの準備を行っていた
最中の3月11日東日本大震災が起こりました。

地震が起こった14時26分、
ぼくは自宅のワークディスクに座っていました。

フトと上を見上げると
照明ライトがユーラユーラと揺れています。

「あれっ?眩暈かな?」

と思ったのを覚えています。

それは横に1分くらい揺れていたでしょうか。

しばらくしてテレビをつけると
あの衝撃的な映像が次々と流れてきました。

絶望感というか、無気力感というか、
そのような感覚に全身が包まれました。

目の前の映像を見てどうすることもできない
自分の無力にただ打ちひしがれるだけでした。

自宅での展覧会の準備は進行していましたし
すでに多くの皆さんにも案内を出していました。

それに2回目の渡独という意気込みもあり
何としてでも開催したいという願いでした。

当初、行う予定だったプレオープンのパーティは
控えることにしました。

個展「渡独以前」は、本展と合わせて3日間だけの展覧会でした。

期間中は地元だけでなく、
東京や福岡、大阪などの遠方からも
多くの方々が展覧会にかけつけてくださいました。

本当に感無量の時間でした。

展覧会が終わった時、ドイツ出発まで10日を切っていました。

一方で、震災の情報はまだ流れ続けていました。

「本当にぼくはドイツへ行ってもいいのだろうか?」

ギリギリまで自問自答を続けました。

出発2日前、妻のお父さんから

「心配しなくていいから、行って来なさい」

という言葉をもらったのが、
渡独への最後の一押しとなりました。

・・・・・・・・・・・・・・

ドイツではブランデンブルク州のラーテノウという街に
住むことになりました。

最初の3か月くらいは
部屋を見つけたりビザの申請をしたりと
慌ただしい日が続きました。

ようやくネットが自宅につながると
震災の状況をチェックする日が続きました。

何かぼくにできることはないかなと思い続け、
できることなら震災があった現地に赴いて
現場の状況を見たいし、何か手伝えることができれば
と考えつづけていました。

その折に、岩手県陸前高田市、
陸前松原の一本松のニュースを知る機会がありました。

この松について是非とも取材をしたい。

そしてその取材を元に作品して
ベルリンで発表したいと考えました。

ちょうど、ベルリンにあるオースター教会で
東日本大震災のことをベルリンの人たちにも
伝えようと試みる人からのお誘いがありました。

震災から8か月後の2011年12月、
ぼくはラーテノウから陸前高田市を訪れました。
関連記事:一本松の記憶」 手記:2011年12月 陸前高田市を訪れて

たった3日間だけの滞在でしたが
本当に貴重な時間、そして体験でした。

ボランティア活動で陸前高田の方たちと
共に過ごした時間やぼくの眼に焼き付いたあの光景は
生涯忘れることはありません。

それから3か月後の2012年3月24日
陸前高田市の手記は、インスタレーションと朗読を組み合わせた作品
「一本松の記憶」となり、ベルリンのオースター教会で
ドイツの人たちに伝えることができました。

 

一本松の記憶 "Eindrucke zum Gedenken an eine Kiefer"一本松の記憶
2012
朗読・インスタレーション
photo : Masaya Hijikata

そして、その時の訪問は
その後、再び大船渡市や陸前高田市の訪問につながります。

さらに、そのつながりが2016年夏に行われた
三陸国際芸術祭に参加させていただく機会を得て、
大船渡市や陸前高田市の皆さんとの新たな出会いに結び付いたのです。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

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