ぼくがベルリンに向かった理由 第一次渡独 2001-03年

      2016/11/15

彫刻家の大黒貴之です。

ぼくが初めてヨーロッパに降り立ったのは
今から15年前の2001年初冬の頃でした。

右も左もわからないベルリンのテーゲル空港に降り立ち、
ゲートをくぐると「Takayuki Daikoku」という
紙を持ったホームステイ先の中年のドイツ人男性が
待ってくれていました。

ぼくがなぜベルリンに向かったのか。
その渡独前の心境とベルリンを選択した理由です。

いったい自分は何者なのだろう?

01年僕がドイツに渡った理由-02
大学院を修了し、実家に戻っていた時期がありました。

いざ学校の外にポンっと出てみると、
周囲はすでに就職をしたり、実家の家業を継いだり、
あるいは結婚する同年代がいました。

かつて志を共にした盟友は遠くに離れ
自分の周りには誰一人いなくなりました。

心に不気味な大きな穴ができて、
「いったい自分は何者なのだろう?」
と自己嫌悪に陥ったり、自分の存在価値を
見出すことが難しかったことを憶えています。

今、振り返ってみると、悪い意味での孤独感を持ち、
消極的になっていて、決して良いとはいえない
暗い精神状態が約半年ほど続きました。

 

目標は、海外で全てゼロから出発し展覧会を実施する

第一次渡独-01
学生のときから海外に渡り、
一度、勝負をしてみたいと願っていました。

「行くのなら今だ」

その場所から逃げ出したい卑怯な気持ちと、
未知なる海外で挑戦したいという気持ち。

それらが、複雑に絡み合い、言葉にできない何かが
内から込み上げ、僕を駆り立てました。

「人脈もなく言葉も分らない海外で
全くゼロからスタートして、展覧会を実施する」

それで何もなければ、作家としての運はない。

だから、違う道を進もうと決心していました。

行先はベルリンに設定、その理由

行く先は、ドイツのベルリンを選択しました。

ヨーロッパの現代アートの中心地であること
特殊な歴史背景がその理由にありました。

当時、ベルリンは東西ドイツが統一して、
10年以上が経過したころでした。

また、西ドイツのボンと東ドイツのベルリンに別れていた首都が、
ようやくベルリンに再び返り咲いた頃でもありました。

そして、ヨーロッパがEUという巨大な組織になる前の年。

急ピッチで進む建築ラッシュや、
東西の格差を埋めていく制度の制定など
特にベルリンは、その都市自体が東西に
分裂していたという特殊な立場だっただけに
まだまだ、混沌としていました。

しかし、その混沌とした状況だからこそ
チャンスを得ることができるかもしれない。

そんな希望を胸に刻み、
10000キロ離れたドイツに向け一人日本の地を離れました。

 

ドイツ出発の朝、親父と交わした言葉

01年僕がドイツに渡った理由-03
「頑張って来い!」

出発当日、実家の玄関で、
親父が僕のお尻をポンッ叩きながら飛ばした激励。

その時、握手をした彼の手の厚みとぬくもり。

「何もなかったら、電気工事士、継ぐわ」

ぼくの言葉に苦笑いを浮かべる彼の姿がありました。

2001年10月末、もう肌寒さを感じる季節でした。

Author by gross-schwarz

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