【ハレとケ】踊らにゃなぁソンソン!あちら側とこちら側の世界観

      2017/01/08

彫刻家の大黒貴之です。

「同じ阿呆に見る阿呆、同じ阿保なら踊らにゃなぁソンソン!♬」

あなたも踊っていますか?

「ハレの舞台でもないのに踊るわけないだろっ!」

というツッコミが遠くの席から聞こえてきますね(汗)

民俗学者の柳田國男によって見出された
日本の伝統的な「ハレとケ」の世界観。

祭や年中行事は、「ハレ」の舞台であり
日常的な毎日は、「ケ」になるわけです。

日本社会の至るところでみられるハレとケの文化

Photo credit: momunchu via VisualHunt / CC BY

昨今の選挙を見ていると、元スポーツ選手であるとか
芸能人であるとか、○○チルドレンであるとか、美しすぎる議員とか
当選することが多くなってきました。

「政治は政策の中や大きな理念でしょ」と考えるのが当然なのですが、
結果は必ずしもそうではなく、ほぼ印象で決まっているようにも映ります。

「えっ、なんで印象で議員が決まるの?」と言っても、
当選するからには投票する人が必ず一定数いるわけです。

なぜ選挙で、国民の代表ともなる人が
ほぼ印象で当選するのだろうとずっと考えていました。
(※もちろん当選する全員がそうではありませんよ)

ひょっとして、選挙というのもこのハレとケの世界観に
通じているのではないかというのがぼくの持論です。

・・・・・・・・・・・・・・

日本人は、祭好きだとよく言われます。

普段は、キッチリした仕事や生活をこなし
年に数回ある祭や行事で、日ごろのストレスを一気に開放して
また明日から頑張るという生活を何百年も続けてきました。

それは日常生活をしっかりと送るケジメにもつながり、
また心身のバランスを取りながら生活を送っていくため
長い時間をかけて培われてきた人々の知恵なのでしょう。

仏教やキリスト教には偶像崇拝があります。
それが阿弥陀如来像やキリスト、マリア像になるわけです。

神道という概念を具現化しているのが神社ですが、
神社に参拝にいき、参拝するときに中を見ると偶像はありません。

あるのは鏡で、神を具現化したものがないのです。
そこから神道の本質は「空」であるということを伺い知ることができましょう。

またゴッドという絶対的存在がなく、八百万の神々が
石や水、木など、自然の中に様々な場所に宿ると言われています。

そして日本の祭はこの神道の精神性から形成されています。

先にも書いたように、神道の本質は「空」になります。

ということは、祭の意味を解いていっても
中身は空であるということが言えます。

つまり祭には何かを見出したり、意味を求める必要はなく、
「心を開放して踊り狂うこと」が大事になるのです。

・・・・・・・・・・・・・・

ぼくが中学や高校の時、学校の生徒会を決める選挙がありました。

立候補者が演説を行うため体育館に生徒が集まり各スピーチを聞きます。

生徒会の運営や将来の学校のあり方について
真面目に演説をする生徒のときは、シーンと静まりかえっていました。
一方で、笑いをとる生徒の演説にはワッと会場がどよめきます。

結果は?と言えばもうお分かりでしょう。

高確率で笑いを取った生徒が当選するのです。

中には漫才をする生徒もいました。
しかし生徒会になってからのことはほとんど内容に含まていませんでした。

このような演説の時は、話の内容より
その人の印象やイメージが人に残るのだとぼくは感じました。

つまり、祭のようにあちら側へ移動させてくれる人が当選するのだと。

日本人の世界観が、ハレとケ、或いは
こちら側とあちら側ということが根底にあるのだとすれば、
選挙のことにしても、社会や組織などでたびたび起こる「えっ、なんで?」
ということに対して納得できる部分があります。

もちろん、ハレとケが根底にある世界観が日本独自の文化を醸成させてきましたし
世界に誇れる文化や伝統、精神性があることも事実です。

大事なことは、表面的なところで良いとか悪いということを議論するのではなくて
それが成り立っている「構造」を把握することで見えてくることが多々あるということなのです。

今日の記事、なんだかうまくまとまっていませんが、
ブログもあちら側の世界。

ということで、さぁ、一緒に踊りましょう!

「踊らにゃなぁソンソン!」

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

Author by gross-schwarz

Instagram

- Instagramもやっています -


人気記事 5選

1
アートは自由がいいのか?ルールがあるほうがいいのか?日本と世界の現代アートの環境は乖離している。

アートは自由だと言われますが、大切なことは発想や想像の自由であって、なんでも有りの自由だということではないと思います。ルールがあるからこそ面白く、また感動することがあるのです。

2
ギャラリストとアーティストは二人三脚で新しい音色をつけていく

作家とギャラリストの本当に良い関係は、近すぎず、そして遠すぎず、お互いをリスペクトし、信頼、感謝できるものでなくてはなりません。ベルリンのギャラリーと仕事をしながら想うこと。

SC-preview-04 3
ベルリンのギャラリストから学ぶことと日本の貸画廊システムについて

現代アートの世界で制作した作品を発表する場所の一つとしてギャラリーが挙げられます。しかし日本とドイツのギャラリー事情は違うようです。美術に携わる人たち以外にはあまり知られていないこの事情を書いてみたいと思います。

renmen Ensemble (outdoor), 2015, Variable ,Mixed Media  (Land Art Schlosspark Wagenitz) Photo : Takayuki Daikoku 4
「圧倒的な異質性」が現代アートの一つのキーポイントになる

現代アートは、対象物をうまく描けるとか具現化できるかというところで勝負をしているのではなく、キーワードの一つに「圧倒的な異質性」を押し出すことができるかどうかが一つの勝負所ではないかと考えています。

ギャラリスト 5
現代アートにおいての重要な職業ギャラリスト。ーベルリンのギャラリストとの交流からー

現代アートのギャラリストとはどのような仕事をするのでしょうか。ベルリンのギャラリスト、H.N.セミヨンさんとの交流から垣間見たぼくの一場面です。

 - 現代社会, 思考する