やっぱり歴史は繰り返す?まだアリストテレスの手の平で踊ってるの

      2017/01/15

彫刻家の大黒貴之です。

新年あけましておめでとうございます。

年が明けて2017年になりました。

今年は酉年ということなので飛躍の年にしたいと思います!

「えっ、酉はニワトリを指しているから飛べないだって?」

それでは跳躍の年にしましょう!

ホップ

ステップ

ジャンプ!

「えっ、三段跳び?」

「・・・」(汗)

ということで今年1年もどうぞよろしくお願いいたします!

テレビの日没とインターネット+人工知能の夜明け

Photo credit: Infomastern via Visualhunt / CC BY-SA

前回の記事にも書きましたが、SMAPの解散はテレビ時代が
いよいよ終焉が迫っているように映ります。

それでも、テレビ番組は人・カネ・モノを投入して制作されているので
クオリティが高いのもまた事実です。
確かに面白い番組もありますからね。
しかしスポンサーを募って、CMを流すために番組をつくって・・・
という既存のテレビシステムはいつまでつづくのでしょうか。

一方でインターネットはますます拡大していくでしょう。
そして人口知能(AI)の台頭を止めることはできないでしょう。

すでに日本三大メガバンクのみずほ銀行や三井住友銀行では
IBM社のワトソンが電話オペレーター補助として活躍しています。

また、一般的な普及は2020年頃(日本政府目標である※レベル3の実用化)
とされていますが、自動運転車が普及したら一気に広まると推測しています。
(※レベル3は、加速・操舵・制動を全てシステムが行うが
緊急時にはドライバーが操縦をする。
ちなみにレベル4は完全にシステムが管理操縦をする自動運転車)

自動運転車は事故率が大幅に減ると予測されています。

なぜなら自動車事故の9割は運転者の不注意やスピード違反などの
人為的なミスが原因だと言われているからです。

あと例えば飲みに行くのがきっと楽しくなりますよ。

自動運転車で飲み屋に向かい下車。

「ホームズ君それではまた迎えにきてくれたまえ」

とモリアーティさんは自動運転車ホームズに伝え
ホームズは自宅へ自動で帰っていきます。

飲み終わった後、スマホでピボピポして連絡すると

「お迎えに上がりましたモリアーティさん」

と言ってホームズ君が迎えに来てくれる。

そのような時代が近い将来やってくるでしょう。

パソコンが普及しだした1990年代初め。

「パソコンなんか使ったら字が下手くそになる」とか
「今までワープロやFAXでやってたんだからこのままでいい」
ということが言われていましたが、
そのような人たちも今ではほとんどがPCを所有し、
スマホを片手にしていると思います。

人というのは一度便利さを味わうとなかなか
それを手放すことはできないようです。

参考記事:AI-人工知能が社会にもたらす衝撃 ロボットとの共存がやってくる

プラトンのイデア論。完璧な国家制度ってあるの?

Photo via Visual hunt

ところで2016年はイギリスのEUからの離脱や
アメリカ次期大統領選でトランプ氏の当選によって
世間の「まさか、ありえない」がありえることになりました。

これは一体何を意味しているのでしょうか。

ぼくなりの見解を述べてみたいと思います。

わたしたちは今、民主制という制度の下で日々の生活を送っています。

なぜかというとそれが目下、最も
人が幸福を感じるであろうとされている制度だからです。

世界に目を向けてみましょう。

キューバやロシアの社会主義の国、
アラブ諸国のような君主制の国
中国のような共産党が国家運営を
一手に担っている国もあります。

それぞれの国の政府が、国家に住む人たちが幸せになるであろう
という制度を敷いているわけです。

日本は戦後実質的にGHQの指導により
民主主義というルールが導入されました。

ぼくも含めて戦後に生まれた人たちは、
この世に出てきた瞬間に民主主義というルールで
生きていくことが決められていたわけです。

民主主義はごく最近の国家運営の形態のように思えますが、
実は2000年以上も前のギリシャ時代には
その原型がすでに起こっていたわけです。

時は紀元前300年代。

ソクラテス、プラトン、アリストテレスが活躍した時代です。

プラトンは「イデア論」という概念を導き出しました。

イデアはドイツ語ではIdee(イデー)
英語はIdea(アイデア)となります。

イデアとは、人が持つ「概念」のことです。

概念とは、人の頭の中に描かれるイメージのことです。

プラトンはそれをイデアの世界だと説きました。

例えば、あなたの頭の中で「△」という形を浮かべてください。

そう、その「△」です。

例えば、あなたの頭の中で「一本のこのような「―」(線)」を浮かべてください。

そう、その「―」です。

しかし、「線」という概念は、わたしたちは「―」であると思いがちですが、
実は完璧な「線」というものは現実には存在しません。

「線」というものはどこまでも永遠に続く「―」だからです。

先の「△」にしても、三つの角が完璧に60度の
「△」は現実にはありません。

なぜかというと、完璧に見える画像を虫眼鏡で
拡大していくと必ずそこには丸みが生じるからです。

プラトンは、イデアの世界を人は持っているからこそ
目の前にある「△」のような形を「三角」、
また「―」のような直線を「線」と
認識することができるのだといいました。

そしてイデアの世界は完璧なものであるとプラトンは考えました。

ですから彼は完璧な政治のイデア世界を持つ人に政治を任せて
国家を運営すればいいと考えたのです。

アリストテレスの反論。民主主義はまだ発展途上の制度?

Photo credit: Studio Incendo via VisualHunt / CC BY

しかし、プラトンの弟子であるアリストテレスは
彼の考えに異を唱えます。

「えっ、だってその完璧な国家運営のイデアって
一体、誰がどうやって確かめるの?」と。

確かに完璧なイデア世界を持っているであろう
一人の人間に政治を託すとなると
「私が見えてる政治の世界が完璧なんだよ!
見えないやつは見えないんだから私に従えたまえ!」
ということになり、それは独裁国家につながっていくかもしれません。

そこでアリストテレスは、いくつかの政治体制を取りあげました。

さらに実際にそれらの制度を下にして、国家を運営したときに
どのような状況がもたらされるのかをシュミレーションしました。

そして、彼はこの3つの制度を挙げました。

君主制度
貴族制度
民主制度

しかしそれぞれにはデメリットがあります。

君主制は独裁的になる可能性が大ですし、
貴族制は貴族の身内だけが良い目をする可能性があります。

それじゃあ、国民みんなで考える政治、
民主制にしようじゃないか!
というのが結論になりそうなのですが、
実はこの民主制にも落とし穴があります。

なぜかというと民主主義というのは
「国民一人一人が成熟している」というのが
前提になっている制度だからです。

日本では間接民主制であるがゆえに選挙で代議士を選出して
地域や国家の運営を任せています。
それはそうで、国民全員が政治家になって政治はできないからです。

しかし、もし国民が政治に無関心になり、
一時の感情やノリで政治家を選出してしまうと
いわゆる「愚衆政治」になる可能性が高まるのです。

そして愚衆政治の延長線上を辿ると国家運営は荒廃していきます。

確かに最初はいいんですよ。

けれども、当初、志を持った政治家がいなくなり
時代が経っていくと最初に掲げた志や理念は
時の人たちによって都合の良いように解釈されていきます。

そこで「今の政治はダメだ!」となります。

しかし、一般的な組織と違って、国家運営は止めることはできないので
多くの人たちは「あ~、今の政治はダメだなぁ。誰に投票しても同じだな」
とボヤキながらもそのまま生活をしていくわけです。

と、そこに、カリスマ性を持ち、歯切れ良く理路整然と政治や国家のあり方を
語る人物が颯爽と登場するとどうでしょうか?

「そうだそうだ!あの人はオレ達が
普段思っていることを率直に代弁してくれているぞ!
あの人ならきっと今の生活を良くしてくれるはずだ!」と。

それがいわゆる「ヒーロー(英雄)」の登場であり、人々の欲求なのです。

そして「ヒーロー」が頂点に立つとその一族の君主制が始まり、
独裁はダメだとなって、貴族制が始まり、やっぱり民主制が良い・・・

君主制にならなくても、志の持ったヒーローがいなくって
時代が経っていくとまた愚衆政治が始まることになる・・・

というように時代は流れていくわけです。

この事は、ぼくが言っているのはありません。

今から2300年前にアリストテレスが予言したことなのです。

目下、最も理想だとされている民主主義も、
完璧な国家運営の在り方ではないのかもしれません。

そう考えるとわたしたちが生きているこの時代は
まだ発展途上だということを知ることができましょう。

2016年はこの民主制度の揺らぎを意味する出来事が
起こったようにぼくには映りました。

わたしたちは、アリストテレスが予言した範疇から
出ることはできないのでしょうか。

社会や国家というものにカタチはありません。

それを形成するためのエネルギーは
わたしたち一人ひとりの心の中で動ているのです。

ミステリアスなものやまだ見ぬ未知のものに対する
人間の探求心や冒険心は様々な科学や技術を生み出してきました。

先に書いたインターネットや人工知能(AI)はその先端にあります。

次々と誕生する科学技術は
人間が追い求める理想郷への道しるべなのかもしれません。

一方で、社会を形成する人間の心理は2000年以上
ほとんど変わっていないようにも思えます。

人類の冒険は失敗と成功を繰り返しながらまだまだ続いていくのです。

ぼくも彫刻家として今に満足することなく
考え歩み続け、自身や社会に対して問いながら
今年も制作活動に打ち込んでいきます。

2017年もあなたにとって全てが良い廻り合わせになりますように。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

参考文献

Author by gross-schwarz

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