人生の生き方を思索してみよう。「自分の道」を求める生き方

      2016/11/28

彫刻家の大黒貴之です。

人の生き方は千差万別でですが、
日本の現代社会を眺めていると
まるで何か「このように生きなさいよ」という
誰かが引いたレールがあって
そのうえを進んでいくと世間的には良いといわれています。

そして、最初にそのレールに乗れなかったり
一度そこから外れると
再び戻ることは容易ではありません。

けれども、国家は人が存在して
形成されているのですから、
人が育って未来を担っていってもらう必要があります。
そして、そこにはいろんなジャンルの人たちが
必要になってきます。

全員がピッチャーでも4番バッターでも
その野球チームは成り立ちません。

道を求める生き方を考えてみようか

人生の長い道Photo via VisualHunt.com

疑問に思うことをいくつか。

中学高校では就職ありきで運営がなされ、

そのために良い大学を目指したり、資格を取って
良い企業、組織に入ることを第一にしているようにぼくには映ります。
そのことが大切であることは十分に理解できます。

しかし、そのために必要な教科以外、
例えば、芸術教科などは、
さほど重要視もされないので削減される傾向にあるのが現状です。

ぼくが務めていた滋賀県では非常勤講師というかたちで
芸術教科がまかなわれている高校も少なくありません。

人はそれぞれの能力があるし、みんなが同じ目標を持っているとは限りません。

にもかかわらず、同じような進路を目指しているようにぼくには映ります。

なぜなら、良い仕事に就いて良い生活していくことが大事だから。

ごもっともです。

避けられない人口逆ピラミッド化

2012年11月時点で、
日本の65歳以上の人口は3000万人を突破したといいます。

人口構成はすでに逆ピラミッド型になっているので、
政治家たちが選挙に勝つためには、
年配の人たちの票が必要になってきます。

だから、その人たちの要望や意見が
政治にも反映される構造になっています。

しかし、よくよく考えてみると
これからの社会を形成していくのは若者たちなのです。

そして、今の年金システムを考えても
年配世代を支えるのも若者たちです。

その人たちが就職ができなかったり、生活苦に陥っていたりしている現状。

改善されない少子化

保育園に子供入れるためには、仕事をしていなければ入園できません。
しかし、子供を保育園に入れないと会社に雇ってもらえません。
少し考えれば誰でもわかるこの矛盾。

一方で、
「個性を大事にしよう」
「若い人材が育たない」
「子供の出産率が低い」
などと喧しい。

芸術家は仕事ではなくただの趣味なのだろうか

日本で彫刻をしていると
「いい趣味ですね」
「好きなことができていいですね」
「早く就職をしたらどうだ」などと
言われることがたびたびありました。

芸術家にとって、仕事と趣味の境目はなんなのだろう。
1つ言えることは、何事でも
「自分のもの」にするまでには厳しいプロセスがあるのです。

ぼくがドイツに再び来たのも、その一幕にすぎません。

芸術活動は30年40年、人生そのものを通した長期戦なのです。

「道」を追求する人たち

業種に関係なく、「道」を求めて生きている人たち。

自分とは何か、自分がやるべきことは何か、本当に強い自分とは何か。

「道」

つまり、その人自身の生き方の「本質」を追求する人たち。

そのような人たちと接していると共感することや学ぶことが多々ありました。

人に迷惑危害を与えるのはもちろん論外ですが、
人の生き方はたくさんあって当然です。

それぞれが一所懸命に生きているのです。

例えば、芸術家なんかは、
周囲とは違う生き方をしている人の一例です。

「とてもユニークな生き方だね、考え方だね」

そのように受け入れることができる器が日本社会に
もっとあったらいいのになぁと心底思います。

それによって、どれほど多くの若い芸術家たちの心に勇気が湧いてくることだろう。

政治家も芸術家もリーダーも教育者も職人も
時間をかけて、育てていくものなのです。
そして、人を育てるのは、人なのです。

今の日本政治や社会を遠く離れた場所から眺めていると
即効性とか即戦力だとか目先のことに縛られてしまっているのが現状で
人を育てることはなかなか難しいのかなと切なくなります。

しかし、若い世代の人たちを中心に変化の兆しを感じるのも確か。

生きているうちは全てがプロセスであり、勝ち組も負け組もありません。

人生は「死」によって
それまで生きてきたことの結果が表れ
この世に誕生した以来の全てが一本につながるのだと思います。

川の上をプカプカ浮いて流れるままに行くのか。
川底を、自分の足で一歩一歩進んで行くのか。

選択するのは、その人の自由です。

ぼくは、後者を選び、彫刻を通じて「道」を追求していきたい。

いや、むしろ、そういう生き方しかぼくにはできないのかもしれません。

2012年11月の記事「生き方への思索」を加筆添削しました

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