テレビばかり見てるとバカになるってどういうこと?想像力の回生についての考察

      2016/12/31

彫刻家の大黒貴之です。

テレビや漫画ばかり見るのはよくないと言われて久しいです。

ぼくも子どもの頃はテレビや漫画ばかり見ていましたが、
24歳の時にドイツに渡って以来の16年間、ほどんど見ることはなくなりました。

テレビばかり見るのを控えたほうがいい理由として
想像力が欠如する危険性があると言われています。

特にテレビは、画像と音が次々と流れてきます。
ですので頭の中でその情報を処理する暇もなく時間が経過していきます。

鑑賞者が想像力を働かせて楽しむという試みがほとんど行われないのです。

言葉と想像力

イメージを言葉で伝え、言葉からイメージを膨らませる

「やっぱり見た目が9割(竹内一郎著)」の中でテレビについて触れらていました。
とても興味深い内容でしたので参考にしたいと思います。

ジャーナリストの大宅壮一氏は、テレビが日本に普及しだした
1955年頃に「一億総白痴化」という言葉でそれを批判しました。

また、ほぼ同時期である1959年に小津安二郎監督の名作「お早う」が上映されました。
テレビが日本の日常に普及していく様子とその問題提起を
淡々とコミカルに描かれている様子は素晴らしいものがあります。
参考記事:小津安二郎監督の「お早よう」を見て考えること

前出の竹内氏は著書の中で
「なぜテレビや漫画ばかり楽しむのが良くないのか」という点において
「字を絵にする」能力が磨かれない危険性があるからだと指摘されています。

つまり言葉を頭の中でイメージできる能力が鍛えられないということです。

言葉をイメージできないことは、イメージを言葉にできないことにもつながり
それは人とのコミュニケーションの幅が狭くなることを意味しています。

例えば、自分が経験したことや見たものを
言葉でうまく表現できないことになる可能性があります。

ぼくはドイツに6年半ほど滞在していました。

ドイツ語は決して上手くはありませんが、
ドイツ語でコミュニケーションするときに1つ気づいたことがあります。

それは頭の中でしっかりしたイメージを持って話すと伝わりやすいということです。

逆に相手の言葉も理解できるようになってくることは
ドイツ語を通してヴィジョンが頭に浮かんでくるということだと思います。

母語である日本語を使っていると当たり前過ぎてそれほど意識していませんが
言葉のやり取りはイメージのやり取りなのです。

外国語を学習していると最初はさっぱりわかりません。
理解ができないというよりイメージを持つことができないのだと思います。

それは真っ暗な暗闇の中を歩いている感じです。

ところがわかってくるとその暗闇で周囲にある森や花や太陽などの
イメージがボワァと浮かんでくるような感じになるのです。

もちろん語彙力や文法力、ヒアリング力、スピーチ力は関係しますが
ドイツ語で会話の中から
人との言葉のやりとりはイメージのやり取りなのかもしれないと思いました。

あくまで個人的な体験ですから、これが正しいのかどうかはわかりません。

しかし、言葉というものは相手に自分のイメージを
伝えるための1つのツールであり手段ですから
どれだけ文法が上手く流暢に話せても伝わらなければ意味がありません。

・・・・・・・・・・・・・・

我が家はテレビを置いていません。

厳密にいうとテレビという箱だけを置いている状態です。

ですので、帰宅したらとりあえずテレビをつけて
見る番組もないのにつけっぱなしということはありません。

参考記事:15年間テレビを見ない生活を続けて良かったことを5つ考えてみた
参考記事:テレビを見ない生活を5年、そして、8年続けて気づいたこと

一方で、子どもには極力、絵本を読み聞かせることにしています。

3歳頃から急速に言葉の理解力や語彙力、表現力が増え始めます。

また夢を見て笑うことや泣くこともしばしばあります。
その光景を見ていると、
彼女/彼らの中で「想像力」が生まれていることがわかります。

この時期に絵本を読み聞かせることは
本当に重要なことだとぼくは考えています。

文字だけではイメージするのが難しくても
絵本ならば、絵を付随して読むことで
子どものイメージ力を膨らませる助力になります。

また何十年にも渡って読み継がれている絵本は
考え抜かれた言葉使いや配列、それに子供の想像力を
掻き立てる絵や色彩が盛り込まれています。

言葉はイメージという想像力を伝えるためのツールであり技術です。

言葉」と「想像力」

それらはどちらも人間だけが持つ素晴らしいもの。

「テレビや漫画ばかりを見ていたらバカになるよ」と大人たちは言いました。

それが「一億総白痴化」という言葉にもつながるのでしょう。

つまりそれは「イメージを言葉で伝え、言葉からイメージを膨らませることが
困難になる危険性を孕んでいるよ」ということを示唆しているのです。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

参考文献

Author by gross-schwarz

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