晴れて退院!でもそこからが辛かった ドイツで椎間板ヘルニアを患った記録④

      2017/07/07

彫刻家の大黒貴之です。

前回のつづきです

ドイツで椎間板ヘルニアを患い人生初の入院。

イナズマのような電流が臀部からつま先まで走る
ブロック注射でなんとか自力で歩けるようになりました。

その2日後に晴れて退院になりました。

ぼくには幸い家族が見舞いにやってきてくれたのが
最高の癒しになったようです。

言葉も完璧ではなく、しかも気持ちも落ち込んでいる時に
もし1人だったらと思うと恐ろしくなります。

一方で怪我や病気を患って入院している人たちや
ドイツの病院生活を体験できたことは
今振り返ると自身にとって良い経験だったのかもしれません。


そんな経験なかなかできないですからね。

ドイツ人の特に女性の看護師さんは
ぼくにとって怖い印象ばかりでした。
それだけ強気でなければならない職業なのでしょう。

あと、病院の食事もぼくにはあまり合いませんでした。

ドイツと日本では食文化が違うので、
こればかりは仕方ないですね・・

でも、病気で気持ちがふさぎ込んでいる時ほど
やはり日本食が恋しくなりますし、
お風呂にも入りたくなるものですね。

入院によってそのようなことを
感じることができたこともまた1つの発見だったと思います。

退院当日、家族が病院まで迎えに来てくれて
電車で帰宅の路につきました。

病院から最寄りの路面電車まで歩きます。

その道中が本当に辛い・・・

10分も歩くことができないのです。

当然痛み止めを飲んでいるのですが、
少し歩くとなんともいえない激痛で立ち止まってしまいます。

ブランデンブルク市内のレストランで昼食をとって
ラーテノウ行きの電車に乗り換え。

そして、ブランデンブルク駅から約1時間かけて1週間ぶりの帰宅。

ものすごい安堵感でした。

しかし、帰宅後も約2か月くらいは
まともに歩くこともできず、横たわっている日が続きました。

ラーテノウの中心部にメアキッシェ・プラッツという
広場があり、そこまでよく買い物や散歩に出かけていました。
徒歩で15分くらいの距離です。

しかし、退院直後、リハビリのためその広場まで散歩に出かけても
片道40分くらいはかかってしまいます。

鏡に映る自分を眺めると
どうみても上半身が右に傾いています。

退院後、ラーテノウの整形外科で診断を受けるのですが、
「鎮痛剤を飲んで痛みを和らげて生活するしかありませんね」と。

日本とドイツで4年半以上続けた合気道も
ここで一旦断念することになります。

捻挫のような怪我で治っていくのが日に日に見えるようなものなら、
まだ気持ちも収まるのですが、
この椎間板ヘルニアはその気配が一向に見えてきませんでした。

「あぁ、この痛みと体の変な歪みを抱えたまま生活して
いかないといけないのかぁ」と。

鏡に映る傾いた上半身を見るたびに凹んでいる自分がいました。

このままではダメだと!体にムチを打ち、
2013年の11月くらいから再び仕事場に向かい始めました。

冬の寒さが厳しくなるころなので、
十分に着込んで、またドローイングや彫刻の小品から制作を始めました。

寒さと曇天の中、たまに窓から差し込んでくる
太陽の光と熱を拝みながらの制作でした。

そして、臀部の痛みがおおかた治まるまでに
1年半ほど、頓服を飲まなくてもよくなるまでに
2年くらいはかかったでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・

ドイツで椎間板ヘルニアを患ってから3年。

2016年の秋、日本に帰ってきて
地元の病院でMRI検査を再び受けることにしました。

その写真を見たときとても驚きました。

ブランデンブルク病院で見た背骨の写真は
明らかに椎間板の一部がピッシュと飛び出ていました。

しかし、日本での検査写真を見ると
飛び出た部分がまた正常の状態になっていたのです。

その写真を見て、辛かった過去3年間を振り返り、
なんだかとても感慨深い気持ちになりました。

しかし、他の背骨の箇所も決して
良い状態ではないということですので
まだまだ予断は許しません。

椎間板ヘルニアは
1度なってしまうとまた元の状態に戻るまでに
このような途方もない時間がかかります。

それでも、ぼくは手術をしなくてよかったので
まだ幸いな方でした。

周囲のドイツ人たちに椎間板ヘルニアのことを話すと
「決して手術だけはしちゃいけないよ」と
さんざん言われていました。

手術をして、問題個所を治しても
また他の部分に負担がかかり、そこがまた椎間板ヘルニアになるのだと。

辛い3年間でしたが、
ドイツでの入院、椎間板ヘルニアの恐ろしさ
人の助けの有難さ、健康の有難さ、そして家族のこと。

なんだか、たくさんのことを感じ、想い、体験しましたね。

今では、姿勢を真っ直ぐに保って
腰に負担がかからないようにいつも心がけています。

あのビーンッ!と電流が走るような
痛みと辛さはもう2度と味わいたくありませんからね。

何より体が資本、そして健康の有難み。

そのことを心底味わった時間でもありました。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

そして、その後の経過です。
【健全と患い】健康な時ほど健康と気づかないもの。椎間板ヘルニア、帰国後の経過

Author by gross-schwarz

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