ゴッホと分かったとたんに6600万円!なんでアート作品は高額になるんだ?

      2017/01/11

彫刻家の大黒貴之です。

ゴッホやピカソにセザンヌ・・・
どうしてアート作品って、あんなに高額になってしまうのかって
不思議に思いませんか?

当然ゴッホにしてもピカソにしても
最初から何億円などいう高額な値段がついていたわけではありません。

もっともアート作品は形が残らないものや残るものでも、
原価、製造コスト、人件費などから割り出したを値段をつけていません。

ピカソが1分で描いたドローイングは
何十万円、何百万円もするのに
無名の作家が描いたドローイングには
5千円や1万円とかの値段しか付きません。
(ちなみにドイツは、学生上がりの作家の
ドローイング作品で400ユーロくらいのようです)

今回は「どのようにしてモノの値段は決まっていくのか」を考えてみますよ。

ゴッホの初期作品「農婦の頭部」に付いた価格変動 

ゴッホPhoto credit: archer10 (Dennis) 84M Views via VisualHunt.com / CC BY-SA

2003年に銀座のオークションに出された
「農婦の頭部」と名付けられた絵画。

出品当初は、誰か書いたかわからない
という理由で1万円の設定だったといいます。

しかし、アムステルダムのゴッホ美術館の鑑定によって
これがゴッホが描いたものだと認定されると
なんと、6600万円の価格で落札されました。

当時、その報道を見ていたぼくの父が
「美術作品というのは、作品よりも名前が大事なんやなぁ」
呟いたのを覚えています。

作品の内容よりもその背景のデータ、
つまりはコンテキスト(文脈)が重要であると。

このゴッホの例だと、日曜画家のおじさんが描いたのか、
それともゴッホが描いたのかということです。

同じ絵でも、それを描いた人の背景やデータ、
つまりその作品が描かれた文脈が重要なポイントになってくるわけです。

もっと身近な例でいうのなら
ツイッターで「今日は、体調が悪いので病院に行きます」というセリフを
一般人のおばちゃんが呟いたのか。
それとも国民的有名女優が呟いたのか。

アート作品を観る鑑賞者の知識、経験度

creation-of-man

アート作品を鑑賞する人がその対象に対して
知識や経験があるということは非常に大切なことです。

着物や宝石、高級食材、高級ブランド商品、
さらには紙幣やコイン、切手、お金、骨董品、ワインなど
その対象物の背景を知っていないと
なぜそのような値段がするのか理解できません。

ジャングルの奥地に住んでいる原民族に
一万札の束を見せても、きっと薪用の種火の使われるくらいですよね。

日本で人気のある印象派のセザンヌやモネ、ゴッホの
展覧会が開催されると長蛇の列ができるそうです。

鑑賞してよかったと満足して
帰っていく人たちがほとんどと思いますが、
もし事前に彼らの絵の知識やその背景を知らなかったら
同じように果たして思えるでしょうか?

彼らは、その絵を前にする以前に
テレビや雑誌、新聞、本や学校で得た
印象派の知識を持っています。

ひまわりや家、草原など鑑賞者が持っている
経験と照らし合わせてみることができるのです。

ゴッホの概要、彼の生い立ち、
生前は1枚しか売れなかったというストーリー。

そしてゴッホの絵の値段、
さらには、それらゴッホ作品の多くは
オランダのアムステルダム美術館に
収蔵されているということなど。

そのような情報を元にして、
ほとんどの鑑賞者はゴッホの絵を前にしているのです。

だから、先のようにゴッホという名前が分かったとたんに
値段が6000万円以上にも跳ね上がる。

実は、生前ゴッホは一枚しか絵が売れなかった

少し話が逸れますが、今でさえ何億、何十億もするゴッホの絵。

しかし、先に書いたように生前は1枚しか売れませんでした。
つまり誰も評価する人がいなかったのです。

今でこそ、ゴッホはは色彩学が登場する前にすでに
補色(色相環の対面同士の色。例えば緑と赤、黄色と紫)のことを
理解していたんだ!とか言われることもありますが、
それはあくまで結果論、後付けです。

彼は「絵を売りたい売りたい」と言って死んでいったそうです。

彼と同じく、フランスの画壇に登場した
印象派のグループの絵も当時は全く評価されず
「なんじゃ、この下手くそな絵は、こんなもんはアートじゃないぃ!!」
との画壇の大先生方に酷評されました。

ゴッホは、さらに悲惨でその印象派のグループからも
「あんなものは絵じゃないよね」と酷評されていたそうです。

そして唯一、絵のことを理解してくれた
画家仲間のゴーギャンも彼から離れていく。

絵への情熱が激しいゴッホであるだけに
「あぁ、俺ももう死のっかな・・・」って思いますよね・・・

価格はそのモノに付随する情報によって決まる

モノの価格
じゃあ、どうして、現在ゴッホの絵には
高価な値段がついているのか。

もうなんとなく、お判りでしょうけど、
その絵に「情報」というものを肉付けをして、
売り出していった人たちがいたから
です。

そのような情報が、新聞や雑誌などを通して広まり、
そして実際に売買され、人の手から手に渡っていくことによって、
さらに情報やストーリーが肉付けされていく。

芸術家は死んでから、売れ出すということもよく言われますが、
ぼくが思うにきっとこれって死んでからの方が
ストーリーがつくりやすいんからなんじゃないかと思います。

だって、人の死って何かものすごく深くて
人の永遠のテーマじゃないですか。

世の中にあるモノの価値とは
「情報の価値」のことなのです。

希少性や生命にかかわるもの、
新しい素材、エネルギーとして使えるか

物語があるか、感動できるのか、便利なのかなど、
これらは、全て「情報」なのです。

例えば、車なんかは、
運転すれば歩かずに長距離を移動できるとか
重い荷物を運ぶことができる、
高級車を持っていると異性にモテるとか
4ドアのベンツは会社の経費にできるとか。

そんな情報を知って、人は車を買うのです。

ですが、この車が故障して動かなくなったらどうでしょうか。

これはただの鉄がガラクタに変わってしまいますよね。

どれだけの情報がその対象物に込められていて
そこからどれだけの人に影響を与えらるのか。

そして、供給と需要に比例して
物事の価値は高まっていくのです。

現代アートの世界においては、
自分がつくった作品をまず誰か第三者に発見してもらい
そして、彼らに情報という肉付けをしていってもらう必要があります。

つまりギャラリスト、コレクター、評論家、美術館などがそれに当たります。

ただし、「彼らに作品の肉付けしたいと
思ってもらえるような魅力がある作品や作家であること」
が大前提になるのですが。

Author by gross-schwarz

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