TAKAYUKI DAIKOKU 人生はアートという名の想像力

現代アートは作家が制作した作品を取り巻く環境(システム)によって形成されている

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

現代アートは、作品だけで成立しているのではなく、
それを制作する作家の周辺には 多くの人たちがかかわっています。

野球を例に挙げるなら、試合を行う選手の他に
ファン、メディア、解説者、評論家などの人たちが
彼らを取り巻いています。

同様に、現代アート界にも同じように
作家、ギャラリスト、評論家、メディア、
コレクター、キュレーター、鑑賞者などが存在しています。

彼らによって、ギャラリーやアートフェア、
美術館などで展覧会が実施され、
作品が鑑賞、売買され、そして残っていきます。

ギャラリスト、作家、キュレーター、評論家などの仕事

評論家やキュレーター、メディアは、
例えば作品をアートヒストリーに乗せたり、
作家や作品の研究などを通して 
無名でまだ価値のない作品を価値のある作品にしていくことが
仕事なのだと思います。

キュレーターは日本では美術館の学芸員を差しますが、
基本的には、美術館やビエンナーレ、トリエンナーレ
などの芸術祭の展覧会を企画する人です。

ちなみに、キュレーションとは、
人手で情報やコンテンツを収集・整理し、
それによって新たな価値や意味を付与して共有すること。
つまり、キュレーターとは、ざっくり言うと編集者ですね。

ギャラリストは、主に自分のギャラリー、
或いは展覧会にふさわしい空間で
展覧会を企画、アート界に作家を紹介して
作品をマーケットに流通させるのが仕事です。

そして、作家は高品質の作品をつくるのが仕事です。

人の手によって残っていく作品は本物

少なくともベルリンの現代アートの世界では、
それは自明のこととして動いているようです。

僕の一意見として、質の高い作品とは
その作家が生きた時代への「問い」、つまり新しい概念が作品に暗喩され、
長い時間の圧力にも耐える強度のある作品、
つまり時代が経過しても古さを感じさせないものなのだと思います。
(芸術的に良い作品と市場が良いと判断する作品には、
かい離がある場合がありますが、
一理由として 現代アートのマーケットに言及するならば
そこにも流行があるからだと推測します)

また作品は、それ自体で成立するのではありません。
鑑賞者が介入することによって、その真価が問われるのだと思います。

だから作品が第三者の手元に残るということは非常に大事です。
10年、20年後、もしくは100年後、
作家がこの世からいなくった後も
誰かがその作品を管理しているから作品は残るのです。

作家一人が良いと考えたことなどたかが知れていると最近よく感じます。

時代を超えたたくさんの鑑賞者たちの篩いにかけられ、
それでも残った作品は「本物」であると僕は思うのです。

作品が「本物」になるためには、
それを取り巻く環境と、
それを残していく鑑賞者たちが必ず必要なのだと思います。

参照記事
「「圧倒的な異質性」が現代アートの一つのキーポイントになる」

TD_Lüftchen_2013 Lüftchen
2013
53,5 x 20 x 23 cm
Roteichen- und Eichenholz, Stahl

小風
2013
53,5 x 20 x 23 cm
レッドオーク・オーク・鉄
Foto: Jürgen Baumann

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