TAKAYUKI DAIKOKU 人生はアートという名の想像力

想像力という「遊び」の必要性。想像力が社会を形成し未来をつくる

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

芸術や哲学、思想など、人が生活していく上で
不必要なものがなぜ必要なのかということを以前の記事で書きました。

人は生き物ですから、先ず食べることができないと死んでしまいます。

ですので、目前にあるものをどのように食べるのかを
考えることが先決になります。

つまり、衣食住の確保ですね。

それができないとレジャーや息抜きさえもできません。

確かなことです。

先ず、基本的な生活があっての「遊び」です。

1つ質問をしてよろしいでしょうか?

目の前の人が美味しそうなおにぎりを3つ持っているとします。

お腹が減っていて、このおにぎりをどうしてもほしいと思うとき
一番手っ取り早く得る方法はなんだと思いますか?

想像力の回生

社会を形成しているのは、わたしたちの想像力

それは相手を殴って倒れている隙におにぎりを奪えばいいのです。

しかし、ほとんどの人はそれをしません。

もっと言うとできません。

なぜなら、そこには良心というものがありますし、
周囲の人にどう思われるのかという意識が働くからです。

何より、もし自分が同じようなことをされたら、どう思うのかを考えます。

これらの意識には共通している力があります。

それは「想像力」です。

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16世紀、インド洋に浮かぶモーリシャス島にドードーという鳥が多く生息していました。

しかし、今ではその鳥は絵やレプリカでしか見ることができません。

1598年、オランダ艦隊がモーリシャス島に寄港し食料や見世物として乱獲され始めました。
1681年にイギリス人が目撃したのを最後に絶滅してしまったと言われています。
わずか83年間で1つの種がこの世から完全にいなくなったのです。

当時、ドードー鳥を捕まえていた人たちは、
「どれだけ捕獲してもトードーは無数にいるのだから
絶対にいなくなるわけがない」と信じていたそうです。

鳥は生物なのだから乱獲したら絶滅は当たり前とわたしたちは思いますが、
その渦中にいた人たちは本気で絶滅などありえないと信じていたのだと思います。

人と動植物の決定的な違いは
「想像力があるどうか」ということではないでしょうか。

想像力を持つことで人類は科学や文明を切り開いてきました。

芸術や哲学、思想は「なぜという問いかけをし、それに想いをめぐらし考えること」です。

そしてそれは「遊びという隙間」が必要になってきます。

もちろん、ここでいう「遊び」とは「娯楽」を指しているのではありません。

想像力はなくても人は生活できます。

想像力は情操を豊かにするとかそれだけのことではなく
「あれ?何かおかしいぞ」という直観力や
未来を創る子供や子孫たちに何を残すのかという想像にもつながっていくものです。

わたしたちは遠い子孫たちに何を残しましょうか。

今、「遊びの時間」という想像する時間を持つことが求められているとぼくは強く感じています。

その「遊びの時間」は、特定の人たちだけが持つ時間ではなく、
普段、生活をしている人たちのほんの少しの時間のことなのです。

その時間に生まれた概念の集合体が家族や社会を形成しているのです。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

参考記事:なぜ芸術は必要なのか。
それは長期的な視点で物事を考える力を養える、もしくはそのヒントになるから

参考記事:美術も美術教科さえも、もはやなくなっていくのでしょうか

参考記事:日本の「空気」と「水を差すこと」 なぜ日本は戦争に向かったのか

参考記事:先人が残してきた3つのもの。私たちは後世に何を残すのか

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