TAKAYUKI DAIKOKU 人生はアートという名の想像力

パブリックアートについての考察。なぜ「パブリックアート」という言葉は矛盾しているのか?

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

パブリックアートという言葉をご存知ですか?

駅やビルの前にある広場や大通り沿いの歩道、公園の一角などの
公共スペースに設置されている作品のことです。

それらを総じて、パブリックアート(公共の作品)と呼びます。

日本中には多くのパブリックアートがあります。

ところで、このパブリック(公共)という言葉と
アート(芸術)という言葉の並列に、あなたは何か違和感を感じませんか?

ぼくはこの公共とアートの言葉が同時に
存在していることには以前から少し疑問を持っていました。

なぜなら公共とアートは相反する概念だからです。

みんなの意見を尊重すると平均化してしまう

アートは大きな概念であるが故に
人それぞれが各々のイメージを持っています。

教育とか、宇宙とか、歴史と言っても人それぞれによって
考え方やイメージが違うのと同じようなものだと思います。

分かりやすいように今回はあえてカテゴリー化してみますね。

アートの中には、デザインや美術、工芸などが含まれます。
スポーツの中に野球やサッカー、
映画の中にアクションやラブコメディーがあるのと同じようなものです。

さらに美術を大きく分けてみると
クラシックアート(古典)とコンテンポラリーアート(現代アート)の
二つの大きな括りがあると言われています。

語弊を恐れずに言うと
クラシックはすでに人々の中に浸透していて
評価が定まっているとされる作品のことです。

古典絵画、印象派、風景画や人物など
人に「安心感」を与えることができる作品です。

評価がすでに定まっているという意味では
ピカソやマチスなどはすでにクラシックになるのかもしれません。

コンテンポラリーアートは、主にアメリカを中心とした戦後美術を指し
現存している作家たちが自由な発想や行為によって
人が持つ概念からジャンプさせようと試みる作品です。

未知の冒険心や新しい概念との出会いを具現化していますので
安心感というよりは、ミステリアスさ
ゾワゾワ感、なんじゃこれは?的感覚を打ち出しています。

現代アートにおいて重要なキーポイントの1つは「異質性」であるということが言えましょう。
参考記事:「圧倒的な異質性」が現代アートの一つのキーポイントになる

アートは、衣食住のように生活するため
絶対必要なものではありませんし、誰もがそれを欲求するものでもありません。

特に現代アートは「異質性」を打ち出すことが主になるため
批判もなく、安心感がある作品になることは多くありません。

公共の場は不特定多数の人たちが往来する場所です。

しかし、批判や苦情への対策から、安心感があり、
当たり障りのない作品ばかりになってしまっては
本来、自由な発想や創造、行動を重視する
アート作品を設置する意味も無くなってしまいます。

・・・・・・・・・・・・・・

まだ学生の頃に聞いた話です。

作品がある公共の場に設置されることになり
ある彫刻家が人物をモチーフにした作品を制作しました。

人体は「裸婦像」でした。

設置後、しばらくするとある苦情が寄せられたそうです。

「公共の場に女性の裸の像を置くなんてけしからん!」と。

そうして今度は誰が見てもほっこりとした癒しを与えるだろうと
少女の彫刻作品が設置されることになったそうです。

するとまた苦情が寄せられたそうです。

「短いスカートを履いた少女の像を公共の場に置くなんて、子どもの教育に悪い!」と

そして最後には、当たり障りのない女性の人体像が設置され、苦情は無くなったそうです。

極端な例かもしれませんが、ここで言いたいことは、
不特定多数のいろんな考えを持つ人たちが行き来する場所に
特に自由な発想によってつくられた「異質性」が漂う現代アート作品を設置することには
往々にして反対意見が寄せられることになるということです。

かといって、何の当たり障りもない作品は
空間のデコレーション(装飾)としてのみ
機能するものになってしまう可能性があります。

はたして、これはアートとしての意味を成しているのでしょうか?

どのようにすれば、その問題を解決できるのか?

この点において林容子さん著作の「進化するアートマネジメント」に
そのヒントが書かれていました。

1つ目は、作家と街の人、建築家などが一緒になり制作を進めていくこと。

例えば、依頼者やその環境、歴史、空間などに付随したサイト・スペシフィックな
(その場所に根差した、或いはその場所でしかできない)作品の提案。

2つ目は、期間限定のパブリックアートにすること。

そうすると異質性が孕む作品に対しても寛容性が増しますし
その時代や環境に合う作品に入れ替えることができます。
それに作家の新陳代謝もできます。

その中で、この作品はどうしてもこの場所に残しておきたいと
感じてもらえる作品が残っていけばいいのではないでしょうか。

アートが本来持つ拘束されることのない発想と
パブリックという「公」をどのように組み合わせるのか。

安心感を感じさせたいのならクラシックが漂う作品。

その空間の雰囲気をガラリと変えたり、
街の人たちや建築家などの専門家と一緒に創り上げていくのなら
「異質性」を持つ現代アート作品。

特に現代アートは公の場である都市空間をガラリと変える面白さを
孕んでいることもまた確かなのです。

その「1つの問い」を行きかう人たちが
体感できる大切な場になることは間違いありません。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

参考文献

 

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