合成の誤謬。正しいことやっているのに良くない結果になるってどういうこと?

      2017/11/23

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)という言葉をご存知ですか?

「一人ひとりの個人視点でみると正しいけれども
俯瞰的にみると良い結果が表れない」という経済用語です。

今回はこの合成の誤謬について考えてみましょう。

少し分かりにくいと思いますので例を挙げてみます。

合成の誤謬
その1
秋になってお米の刈入れが始まりました。
今年は大変天候が良くて、例年よりも多くお米が収穫できて
農家の皆さんは大喜びです。
しかし・・・

その年は天気にも恵まれ豊作になる。

沢山の収穫があり儲かると農民は喜ぶ。

市場に多くの米が流通する。

すると当然供給過多になる。

米の値段が下がってしまう。

という結果になってしまいました。

その2
学校では、良い学校、良い就職先を選択するように助言されます。
確かに就職すれば安定した給料が入り、安定した生活ができるようです。
しかし、皆が従業員としての思考になっていまうとどうなるのでしょうか。

学校で良い大学に行って良い就職先を探しなさいと言われる。

頑張って就職をする

全員が就職する

しかし誰も起業したり、経営者になったり投資家にならない

人を雇用する人が誰もいなくなる

結果、誰も就職できなくなる。

起業したらどうだとか会社の経営者になったらどうだとか投資家になったらどうだという
助言は今までに学校の先生から誰一人として聞いたことがありません。
つまり学校ではそのようなことは教えられないのです。

一人一人は一生懸命だが、全体としては意に反することになる

この合成の誤謬というのは興味深いことに
一人一人はみな真面目に一生懸命
自身に与えられた仕事や役割に従事しているということです。

しかしマクロ的な結果でみると最初の意図とは逆の結果になるのです。

ではどうすればいいのでしょうか。
そこのところはぼくも考えつづけているところです。

天候とか自然に対してはどうすることもできませんが、
人が作り出したシステムに対しては、どこかに突破口があるように思います。

1つ目は、周囲がしているからと理由でなく、自身の考えや生き方を明確にすること
2つ目は、世間の常識でも自分がおかしいと思っていることはやらないということです。

一人一人が目の前のことを一生懸命にやることはとても大切なことです。
しかし、それを支配している環境やシステムが誤作動を起こしていると
個人の結果が全体で意図に反してしまうのです。

世の中というのは不思議なもので
こうしたいんだという自身の意志や生き方ではなく
周囲がこうしているからという理由だけで自分の行動を合わせていると
知らず知らずのうちに世間というシステムの中に取り込まれていくようです。

そのシステムがうまく作動していれば問題ないのですが、
誤作動していると合成の誤謬が生じることになるのです。

そして、システムが誤作動を起こしているかどうかは自身が気づくことから始まります。

そのときは、しんどい時もありますが自分の頭で考えて自身の考えや生き方を貫くことが
合成の誤謬が生じる誤作動したシステムに歯止めをかけることにつながっていくのです。

しかし、そのためには相当の勇気と信念が必要になってきます。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

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