彫刻家の大黒貴之。
自分がしたいことに、
時間、お金、労力を集中投下した人が
その道を極めることができます。
否、そうでなければ、道を極めることは
できないと言っても過言ではないでしょう。
その道を極めるような人は
24時間その道について考えて続けている人です。
それでも、その時の運やめぐり合わせが
絡んでくるので、誰もが必ず
成功するとも言えないのが人生だとも思います。
オリンピックで金メダルを取る選手の
背後には、数千人、数万人の選手がいるように。
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世間に取り込まれないタフな精神力と信念を持とう!
芸術という分野は
人生というとても長い時間をかけて、
その道を歩んでいく分野です。
大学を卒業してから、95%以上の人たちが
作家の道を止めていきます。
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その中から作家としての歩みを
継続していく人が結局は残っていく。
周囲を眺めていて本当にそう思います。
「作家は作品をつくり世に問うこと」が仕事なのですが、
その仕事は一朝一夕にはいきません。
お金が無いときも、周囲からのノイズがあるときも
死にたいと思うくらい1人孤独な時間を過ごすときも
あ~、もうダメかなぁと絶望感に襲われるときも
そんな時間をほとんどの作家は経験して、
今、現在に至っているのですよね。
一方で、応援してくれる人やギャラリストという強力な
パートナー、またスポンサーになってくれる人も現れてきます。
そして、その人たちの協力の下で
展覧会を実施できたり、また作品が売れたりするのです。
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しかも、この人たちは
組織の中の一員としてではなく、
作家という個人を見てくれているのです。
世の中というものは本当に不思議なもので、
「わたし/ぼくはこうしたいんだ!」という
信念と行動が無いと、知らぬ間に世間の中に取り込まれてしまいます。
「とりあえず」とか「なんとなく」という
気持ちがあるとほぼそうなります。
それも1つの人生なので、
それが駄目だと言っているのではなく
それもいい人生なんです。
ただ、自分はこのようになりたい!
あの人のようになりたい!
という気持ちがあるのであれば
「とりあえず」とか「なんとなく」の弱い発信では
すぐに世間に取り込まれていくことになるでしょう。
芸術家というのは、人生を作家して歩むために集中する
ことによって芸術家になるのです。
本当の芸術家は、むしろそんなことも考えていないのかもしれません。
作品1つ1つを見ると世間の中には
「コンナモン、自分でもつくれるわ」
と思う人がいるでしょう。
しかし、そのコンナモンを人生という
長い時間をかけて作り続けることは
非常に難しいことなのです。
その作家が生きているうちに
生み出した作品や行動によって現れる世界。
それがその作家の「最終形」になるのでしょう。
人生、生きているうちはすべてプロセスです。
そのプロセスは、死という人生最後の大きなポイント地点で
それまでの生きた証となって、その人の世界が
周囲の人たちに伝播していくのでしょう。
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