彫刻のないアトリエ

【残存の意思】テーブルに座ること、立つこと

【レコメンド】2018年東京で開催した個展”CERES”の動画です

彫刻家の大黒貴之です。

  雑感ノート-20190107-

元旦、早朝、地元神社の
日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)へ初詣に行く。

今年の元日は快晴で、
日の出と共に参拝ができたことがとても気持ちが良い。
自宅、南東の小高い山を見れば朝日が顔に当たる。

その後、今年3月、東京で開催される展覧会に向けて始動をする。

昨年と同様、スタートダッシュを切り、
今年も走りながら考える1年にしていきたいと思う。
先ずは「行動」、そして「行動」を心がけていく。

インターネットが一般向けサービスとして
日常に張り巡ったのは確か1995年頃だったと記憶している。
それ以前、情報はテレビ、新聞、書籍などの
メディアか人からの見聞など、アナログなものだった。
今のようなSNSなどもなかったし、
また情報も簡単に手に入る環境でなかった。

学生の頃、「現代アート」とは
一体どういうものなのかよくわかっていなかった。
美術雑誌やそれに関連する本はあったが、
なんだかよくわからない小難しい表現や理論だなという認識だった。

大学院一年の頃、今では世界で活躍する巨匠になったアーティストM氏の
作品写真が美術学科の間で広まって、
「こんなものはアートではない」などと
批判されていたことをよく覚えている。

貸画廊や団体展などの存在を知り、
アート業界は、歌手やミュージシャンを売り出していく
音楽事務所のようなものとは違うものだなとわかった。

とはいえ、団体展に作品を応募し、入選を重ね、
その中で発表をしていきたいとは思わなかったし、
貸画廊で積極的に発表をしていきたいとも思わなかった。

ただ、「現代アート」というキーワードだけは
暗い脳裏の中に何度もうっすらと浮かんでは消えていた。
そのキーワードに導かれるようにして
これまで活動をしてきたような気もする。

それがなぜだったのか、よくわからない。

ドイツからの帰国後、東京へ行く機会が増えて、
日本在住の作家たちとの交流も少しずつ増えてきた。

彼女/彼らのことを見聞きしていると
何年か活動期間が途切れていることは
それほど珍しくはないことを知る。

むしろ、継続的に発表をできている作家は
幸運だと思うようになった。

毎年、何千人もの美大生が卒業をし、
10年、20年と時間が経つごとに面子が入れ替わっている。
それでも、残っていく人は残っていくし、
また辞めていく人は辞めていく。

それは美術に限ったことではなく、
ミュージシャンや芸能人、企業などとも共通するように思う。


Photo by Sheldon Nunes on Unsplash

ある人から聞いた言葉にとても印象に残っている言葉がある。

「ゲームのテーブルに着くのは自分の意思、
そして、そのテーブルから立つのも自分の意思である」

ゲームのテーブルに座れるプレイヤーになること、
また、その場に残り続けていくことが大切なのだと思う。

僕は30代半ばになってようやく
現代アートのテーブルに付くことができたように思う。

人生も半分が過ぎようとしている。

これまでの軌跡を反芻することがあるが、
また過去に戻って
「あの時にこうしていればなぁ」と思うことは全くない。

なぜなら彫刻家を志してきたからこそ、
見ることができた風景が今あるから。

残りの時間も作品を生み出し、
自分が見ようとしている風景を貪欲に求めたいと思う。

そして、その風景を一緒に眺めることができる人たちの横を走り、
切磋琢磨していきたいと願っている。

このような記事も書いています。

「作家(アーティスト)になる志を持って学校を卒業した学生たちは、
5年後、100人中10人になり、それからまた5年後には半分になる」
現代アートの作家として続けていく人たちはどうのよう人たちなのでしょうか。

作家として、駒を進めていく上で
その道が間違っているということはないと思います。
ただ、自分が観たい風景を見れる到着地点の
ヴィジョンは描けたほうがいいのでないでしょうか。

ドローイング:Folded drawings