孤独とつながり。自分を知る機会は孤独、しかし人は他者とのつながりを本能的に求めている

      2017/11/23

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

「我と言う
人の心はただ一つ
我より外に
知る人はなし」

小説家の谷崎潤一郎の一句です。

自分の心は決して外に出ることはありません。

しかし、人は一人で生きていくこともできないのです。

孤独とつながり

孤独とは自分が見たい風景を見ようとしていること

人は誰しも孤独感を感じるときがあります。

ですから孤独を恐れ人とつながりたいと思うのです。

孤独という言葉は、どちらかというと消極的な言葉に受け取られがちです。

けれども、孤独とは実は大切なものです。
孤独になることによって初めてもう一人の自分と向き合うことができるのです。

芸術家の人たちは孤独です。

なぜなら、彼女/彼らが見ている同じ風景を
見れる人と出会えることはそうそうありません。

その風景を具現化したものが作品となって現前するのです。
つまり孤独の中から独創的な作品が生み出されてくるのです。

周囲の多くは「そのような風景は見えないよ」と言います。
そして「私たちと同じ風景を見ましょうよ」と言います。

「否、わたしはこの先にあるまだ見ぬ風景を見たいのですよ」と
芸術家は進んでいきます。

皮肉なことに、自分が見たいと願う風景を見ようすれば
必然的に孤独になってしまうものなのです。

経営者、武道家、スポーツマン、科学者・・・
何かを創造する人たちは皆そうなのかもしれません。

自分の「道」を切り開いていく人たちは付和雷同しません。
進むべきヴィジョンが彼女/彼らには見えているのです。

人は本能的に他者とのつながりを求めている

しかし、人は一人で生きていくことはできません。
必ず何かとつながりたいと願う心を本能的に持っています。

自分と向き合うことは大切ですが、
そこは同時に危険なブラックホールでもあるのです。

ある種のネズミを集団から隔離して
どうなるのかを調査する実験が行われました。

集団から隔離された一匹のネズミは5週間もすると乱暴になり、
10週間を超えると信じられないくらいに狂暴になりました。
しかし、再び集団の中に戻してやると2、3週間で
また元のおとなしく健康的なネズミに戻ったそうです。

人が一人では生きらないとはこのネズミと同じように
本能的に他者との接点を求めているのです。

家族や友人知人、同志、盟友、
人以外にもペット、本やアニメ、漫画の中の人物など
さまざま場面で自分と同じ風景を見ている存在を求めます。

他者は自分が見えていない自分を見せてくれる鏡でもあるからです。

自身と向き合う孤独さを秘めつつも同じ風景を見ようとする同志との
つながりはやはり大切なものなのです。

人は「心のつながり」と「知的なつながり」を求めているとも言われています。

大切なことは、人がいう「世間」とか「みんな」に付和雷同するのではなく
心や知的なつながりを持てる人と出会えることですね。

どうやってつながるか?

リアル社会やヴァーチャル世界で自分自身を発信していくことです。

この広い世界にはどこかに心が振動し
同じ風景を見ている人たちが必ずいますよ。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

参考記事:その人を魅力的だと感じるのは、心が振動しているから
参考記事:自分探し?そんなものはないよ。自分に問い実践することと他者と関わること

Author by gross-schwarz

Instagram

- Instagramもやっています -


人気記事 5選

1
【彫刻家のアトリエ】彫刻家は自分の世界を見せることができる仕事場を持とう!

芸術家が仕事場(アトリエ)を持つことは非常に重要です。芸術家は制作することが仕事です。みっちり作品がつくれる空間を確保し、実物の作品をみてもらえること。ぼくがドイツで経験し痛感していることです。

2
あなたは何者?芸術家になるなら揺るぎない自分の肩書きを持とう!

日本にはニューヨーク市が発行しているプロの芸術家証明書というものがありません。つまり芸術家の定義がないようです。どのような人が芸術家になっていくのでしょうか。

3
【縁起の間】白梅・彫刻・石楠花

庭に咲く白梅を眺めながらの所感を記録。その物事が本当に良いかどうかがわかるまでには長い時間がかかるのでしょう。白梅と彫刻と石楠花のこと。

4
目に見えるものと目に見えないもの。大切なものほど目に見えない

目に見えるものは分かりやすく、目に見えないものはわかりにくい。最近ぼくが聞いたとても感慨深い話です。

5
【しなやかに生きる】勝ちを急ぐときほど勝ちが遠のく-赤ちょうちんの大将のこと-

「勝ちを急ぐときほど、勝ちが遠のく」と最近聞く機会がありました。20代の頃、よく飲みにつれて行ってもらった京都三条の大衆居酒屋。その赤ちょうちんの大将の記憶と彼の言葉を思い出すことがしばしばあります。

 - 人生, 思考する