TAKAYUKI DAIKOKU 人生はアートという名の想像力

現代アートにも「メジャー感」がある?

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

中国、インド、日本の神様が一緒の船に乗っている様子をハッピーとしている
七福神からもうかがい知ることができるように、
なんでも取り入れて我が国の文化にしてしまうのが日本の特質のように思えてなりません。

同じように、アートと言われている分野ももはやなんでもアートになっていくのかもしれません。

アートバーゼル

Webにある「メジャー感」

ぼくはインターネット上に自分の作品や意見を掲載することをやっています。
単純に自分の作品や意見を他の人たちにも知ってもらいたいという欲求と
自身がネットで情報を配信するのが好きだからという理由があります。
もしかしたら、彫刻家としては珍しいのかもしれません。

先日、沈黙のWebマーケティングという本を読んでいました。
僕はWebマーケティングの専門家ではないのですが、
Webが今どのような構造になっているのかを知りたいということがあり読んでみました。

難しい専門的な文章ではなくストーリー仕立てになっており
容易に流れをつかむことができました。

これは何度も読まないといけないなという良書でした。

その中に「Webコンテンツには”メジャー感”というのがある」
という一文がありました。
コンテンツに独自性があり「そうそう、それ!」という王道感を
感じさせるものであると。

で、実はこの「メジャー感」って現代アートにもあるとぼくは考えています。

作家の独自性を担保しつつ、「それだよ、それ!」っていう王道感がある作品。

ギャラリストやキュレーター、コレクターなどの
美術関係者は、多くの作品や展覧会を見てきているので
その「メジャー感のある作品」がピンと直感的にわかるといいます。

プロのWebマーケッターがメジャー感のあるサイトがわかるように。

プロ野球の専門家が、バットのスイングを見て
「こいつはセンスがあるな、これはプロでも通用するな」というのが直観的に分かるように。

アートには、メジャーの世界スタンダードがある

先にも書いたように、現代アートにも「メジャー感」っていうのがあって、
それに当てはまる作品は、おのずと人目に触れる機会が多くなり、
誰かの手に渡っていくのだろうとぼくは考えています。

現代アートの専門家といわれる人たちは多くの美術雑誌や専門書を見るのですが、
評論などの文章ではなく、より多くの作品写真を頭にインプットするそうです。

そうすることによって、美術の流れや今のどのような作品が
注目されてつつあるのかがわかってくるというのです。

芸術というのは、あまりにも大きなサークルのため、
今では(特に日本では)、何でもアートって感じになりやすい現状です。

確かになんでもアートといえばアートと言えるでしょう。
また「良い作品はマーケットとは関係ない、もっと普遍的なもので売買する対象ではない」
と言われればそうかもしれませんが、
それじゃ、なぜ世界には現代アートという部門があって
国際的な展覧会や芸術祭が行われ、そして、そのマーケットで多くのお金が動いて、
沢山のコレクターや美術関係者たちが来場するのでしょうか。

日本では、現代アートにおいて日本と世界との環境が乖離している。
だから、一刻も早く人材を育てて世界に輩出させていこうという動きが出てきているそうです。

芸術論を語る一方で、世界のアートシーンがどうなっているのかを分析しながら、
作家や特にギャラリストを生み出していく必要があるのではないかとぼくは考えています。

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