彫刻家の大黒貴之です。
ニューヨーク市は、1971年から「芸術家証明書」という
公文書をプロの芸術家に発行しています。
同市の都市計画課は、その証明書の発行の際、
芸術家を定義するため
「芸術家稼業は、軽製造業である」と
位置づけをしました。
制作された作品が利益目的かどうか別にして、
芸術家は作品を制作し、ギャラリーなどで販売を
しているということであれば軽製造業というのも
一理あるなと思います。
ただ、インスタレーション作品のように
その場、その期間限りの作品となると
助成金やスポンサーからお金の支援を得て
制作されることもあります。
では、どのような人がプロとして証明されるのでしょうか。
以前の記事にも書きましたが
ニューヨーク市が、芸術家証明書を
発行するにあたってのプロの定義は
以下の3点です。
1.商業的芸術ではなく、純粋芸術
ーすなわち絵画、彫刻、振付、映像、作曲等 その他を含むものー
の創作を不断に進行させている個人。
2.自己の表現形態に真剣かつ不断に傾倒してきたことを証明できる個人。
3.現時点でも、その表現形態に専心、従事している個人。
関連記事:芸術家、アマとプロは何が違う?ニューヨークにはプロの定義があるよ
電気工事士を生業(なりわい)としていた
親父が生前、ぼくに言ってくれたことです。
「自分で何か仕事を始めようとするなら自身の肩書きが大切や。
それと自分から手を挙げて、その肩書きを世間にアピールせなアカン」
ぼくが彫刻家と名乗れるようになったのは
2002年にベルリンでH.N.セミヨンというドイツ人
作家に出会ったのがきっかけでした。
関連記事:一人のドイツ人との出会いによってぼくの作家人生は変わった
初めて彼がぼくのことを
「君は彫刻家なんだよ」
と言ってくれました。
それ以降、何をされているんですか?
と尋ねられると迷うことなく
「彫刻家です」
と自己紹介をしています。
大学では、芸術論を語ったり
制作をすることばかりで
学校を卒業してから
どうやって作家として歩んでいくのかは
全くと言っていいほど話題に上りませんでした。
日本では、先のニューヨーク市のように
プロの芸術家の定義などあるわけでもなく
学校から外に出ると世間一般では
フリーターか遊んでいる人、
もっと酷いとニートなんて言われることもあるそうです。
いや~、酷いですねぇ・・・
学校を卒業してからほとんどの人たちは
作家になるのを止めてしまいます。
なぜかというと割りに合わないからです。
リスクがありすぎるのですね。
ですので、利口な人ほど作家の道を止めていきます。
それはそれで正解なのです。
そう考えると作家として残っていくのはどういう人かというと
「ある程度鈍感な人で、気が付けば作家として生きてきた」
という人なのかもしれません。
ぼくはそれらに加えて、作家運というものがあるようにも感じています。
自分でいうのもなんですが、
作家はめちゃくちゃ精神がタフでなければやっていけないということは
これまでの経験で実感しています。
一方で、この道を歩んでなければ
言葉にできない素晴らしい体験や素敵な人たちとの出会いも
なかったこともまた確かなことです。
1つ言えることは、自分が何をしようとするときには
「自分は何者か?」
そのことをしっかり自覚して、世間にアピールし、
そして、それに基づいた行動をとっていく必要がありますね。
学校を卒業してから18年が経ちますが、
今では、周囲の多くの人たちは
ぼくのことを彫刻家(芸術家)だと認識してくれているようです。