TAKAYUKI DAIKOKU 人生はアートという名の想像力

ドローイングはスケッチではなく「前兆」或いは「予兆」である

彫刻家の大黒貴之です。

ドローイングという言葉は日本では
まだそれほど馴染みがないのかもしれません。

以前、日本で展覧会を行ったときに
「ドローイングってなんですか?」という質問を多々受けました。

ドローイングは日本語で「素描」と翻訳されています。

彫刻家の福岡道雄さんがかつてぼくに
「ドローイングというのは、彫刻では表現できないものを描くものだ
少しカッコよく言えば、彫刻の素材になった木が、まだ山にあったとき
その木に当たっていた風であるとか、山の声であるとか・・・」
そのように説明してくれました。

ドローイングは作品のスケッチではない

ドローイングとは
ぼくがドローイングについて知ることになったのは第一次渡独の時でした。

ベルリンで知り合ったH.N.セミヨンというドイツ人作家に
「君は彫刻家なんだから、ドローイングができたほうかいい」
と言われたのがその切っ掛けでした。
参考記事:「一人のドイツ人との出会いによってぼくの作家人生は変わった」

グループ展に出品するための作品を制作していたぼくと
彼が出会ったのは、2002年の夏頃でした。

彼がぼくの作品を気にいってくれて、彼のアトリエ兼プロジェクトルームに
招待してくれました。そこから定期的に彼の下に足を運ぶようになり
ドローイングのレッスンを受けることになります。

「ドローイングは作品のスケッチじゃないんだよ。
作品の新しい領域を発見するための機会になるし、
特にスランプに陥ったとき、ドローイングをすることによって
いち早くそこから脱出することができるんだ」

2011年にドイツに再び渡った時も
作家としてのスタイルを再構築するために
徹底的にドローイングをしました。

その中でぼくが「あっ、ドローイングってこういうものなのかな」と
気づいたことがあります。

ドローイングは、作品のためのスケッチではなく、
作品が姿を現すずっと以前にある「前兆」
もしくは「予兆」のようなものだと。

今では、ぼくのギャラリストでもあるセミヨンさんは、
それを「作品の本質的特徴」だと論じています。
参考記事:「現代アートにおいての重要な職業ギャラリスト。ーベルリンのギャラリストとの交流からー」

2011年、ドイツに渡った後、
この先どうなるかもわからない不安の感覚は、
まるで迷路の中をさまよっているようでした。

その間に出てきたドローイング、「O.T.(SC08-2011)」
ドローイングO.T.(SC08-2011)
当時のぼくはそのドローイングが何を表しているのかわかりませんでした。

目の前の暗闇にアメーバーのように、
ドロリというかフワリというか、
そうニュルリと出てきたぼくのドローイングは、
5年後の2016年、大船渡市盛町の水野酒店横にある蔵前に
彫刻「whitedorps & blackline No.4」として具現化することになります。

彫刻「whitedorps & blackline No.4」01
ドローイングと彫刻作品がいつ繋がるのかはわかりません。
明日かもしれないし、数年後、何十年後、或いは実現しないのかもしれません。

それはまだ作品として形成されるずっと以前、
作家の目の前にボワァっと浮かんでくる一瞬の「予兆」を描き止めたものなのです。

彫刻「whitedorps & blackline No.4」02

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