TAKAYUKI DAIKOKU 人生はアートという名の想像力

【縁起の間】白梅・彫刻・石楠花

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

庭に咲く白梅を眺めながらの所感を記録しておきます。


3月初旬、庭に成る白梅が開花した。

10代、20代の頃は庭の樹にはそれほど愛着も無かったが、
近年、何故か急に心を惹かれるようになっている。

その中でも、この白梅と金木犀は特に気に入っている。
共に祖父が植えたもので、何年経つのか定かではない。
ただ僕が幼少の頃にはすでにあったので、
少なくとも40年はここで我が家を見守っているのだろう。

何故それらの樹に魅了されているのか、
よく分析できていないが、
自分のこれまでの歩みに加えて、
祖父がそれらの木を植えた事が
リンクしているのは事実である。

先般、愛知に搬入した作品は残念ながら
その地にはご縁が無かった。
先週末、また関ヶ原を越えて迎えに行った。
きっと他のところで「起こり」があるのだろう。

一方で、東京のギャラリーの方が
「作品を観たいです」と言ってくださり、
滋賀に来訪くださった。

彫刻とドローイングをグループ展に
出品させていただける運びになった。
4月下旬に新しくオープンするギャラリー。
その展覧会は8人の作家によるオープニング展になる。
そのような大切な展覧会に参画させていただけることに
大きな喜びを感じている。

アート作品が誰の手に渡って行くのかは、
僕が白梅や金木犀に感じた
「起こり」のようなものなのかもしれないなと最近感じる。

誰かがそこに木を植え、
長い時間の経過があり、
そして、それが良いと感じる瞬間がある。

本当に良いかどうかがわかるまでには
長い時間がかかるのだと思う。

アート作品はそれが顕著に現れると考えている。

彫刻家を志して20年ほどが経つが、
そのような縁起という出会いの不思議さに
人間賛歌のようなものを感じている。

作家はその「縁起の間」で
ただただ作品をつくらせてもらっているだけなのかもしれない。

5月頃には、この白梅の隣に成る
石楠花が淡赤の花を咲かせるだろう。

11年前に他界した父親が植えた石楠花。

ラーテノウに住んでいた部屋の前にあった花壇にも
石楠花が植えてあった。
大家さんが大切に世話をしている姿が鮮明に残っている。
それが開花するたびに父が植えた石楠花のことを想った。

今は、ラーテノウで眺めていたその石楠花のことを
思い出し、かつて住んだ街やドイツの友人知人に
想いを馳せている。

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