TAKAYUKI DAIKOKU 人生はアートという名の想像力

ある女性作家の作品と60年後のオールドマスター

彫刻家の大黒貴之(@Gross_Schwarz)です。

アート作品の変遷とは実に不思議なものである。

通常、世間に出回っている商品は
一定の期限が来ると商品価値は減少していき
特売品やバーゲンセールとなるか、
それでも残った商品は在庫になっていく。

アート作品が、一般商品と決定的に違うのは
時間の経過ともに価値が高まっていく可能性があることが
1つ挙げられるのではないだろうか。

「彫刻家して仕事をしています」と
自己紹介すると、何人かの人たちから、
「美術作品は後世に残っていくからいいねぇ」と
言われることがある。

それでは、その何十年、何百年もの後世に、
作家がつくった作品は果たして誰が残していくのだろうか?

今回はある作家の一枚の絵を辿ってみようと思う。

イメージ:Photo credit: pedrosimoes7 on VisualHunt.com / CC BY

 

女性作家がつくったある作品の遍歴について

極東のアジアの地に住む
その女性作家は作品の発表を始めてから20年ほどが経つ。

その間、ヨーロッパの異邦の地にも長年滞在し、制作発表を行ってきた。

例えば「無題 -Q004-」と名付けられた作品は
その滞在中に生み出されたものである。

自分で納得のいく作品に仕上がったので、
知人のギャラリストに見せたが、それほど良い反応ではなかった。

彼女は仕方なく、肩を落としながら
その作品を仕事場にそっとしまっておくことにした。

異邦の地には数年間滞在し、発表を続けてきたが、
結局「-Q004-」は、現地で一度も
発表する機会に恵まれることがなかった。

それから年月が経ち、彼女はその地を離れることになった。

そして現地に残す作品と故郷に送る作品を選別していた。

多くの作品は、彼女と付き合いのある旧友のギャラリストが
保管してくれるというので、預かってもらうことにした。

その後もグループ展などを通じて定期的にそれらの作品を
公表してくれているので有難く思っている。

彼女は、荷物を故郷に送る際に、
「無題 -Q004-」は必ず持って帰ろうと決めていた。

・・・・・

故郷に帰ってから、黙々と制作をする日々が続いたが、
作品を発表する機会になかなか恵まれなかった。

地元の知人が企画した展示会に
「何か作品を出してほしいと」の依頼があったので
「Q004」を出品することにした。

しかし理解されることなくほとんど反応はなかった。

また、あるコンペにその作品を出してみようと思った。

審査員には、著名なギャラリストや評論家が入っていたので
見てもらえる機会になればと考えた。

しかし、それも落選。

ガッカリして、また仕事場の片隅に
「-Q004-」をしまい込むことになった。

それから1年ほどが過ぎた時、
ある展覧会に彫刻を出品することになった。
その際、さきほどのコンペの審査員に
参画していたギャラリストが来ていた。

彼と自作の作品集を見せながら
話ができる機会を持つことができた。
コンペに応募した作品の写真が、
その作品集の中にあったが、
応募した作品のことは
全く知らないといった感じだった。

「無題 -Q004-」が制作されてから
4、5年が経った頃だろうか
あるギャラリーからグループ展に
出品してもらえないかとのお誘いがあった。

そのギャラリストは、
スタジオまで足を運んでくださり、
実際の作品を観てくださった。
彼女の国の大都市で作品を発表することは、
女性作家にとって、念願だったので
快くその依頼を引き受けることにした。

そして、今度こそはと想い、
長く連れ添った「無題 -Q004-」を
出品させていただくことにした。

展覧会のオープニングの時、
いわゆる「目筋が良い」蒐集家の方が
いち早く「この作品、すごくいいねぇ」と
お声をかけてくださり、
そのまま購入していただけることになった。
また、他の美術愛好者の方も
その作品を観て「いいねぇ」と。

蒐集家の自宅には、
歴史的なアメリカ人作家の作品がかけられていた。

その蒐集家に購入された「無題 -Q004-」は
そのアメリカ人作家の作品が飾られていたその壁に
展示されているそうだ。
そのことを彼女が知ったのは、
それほど遠い未来のことではなかった。

アート作品というのは、
なんとも不思議なものである。

作品ができたときは、
その作品は一体どこにいくのかわからない。

すぐに行先が決まることがあれば、
このように長い時間が経過してから
行先が決まることもある。

「行きつくべきところに、行きつく」と言ったらいいのだろうか。

否、人の出会いと同じように然るべきタイミングで
行先が決まっていくと言ったほうがいいのかもしれない。

そこにはそのようなめぐり合わせの
「生」のリアルを感じるときがある。

作家が作品を残していくことはできない。残していくのは第三者

世界でも著名なオークション会社の
元社長が執筆した本によると、
作品が後世に残っていくのかどうかが
判断できる期間は60年なのだという。

作品制作されてから作家がこの世を去るまでにおおよそ30年。
その時に、第三者が作品を引き継ぐことをするのか。
そして、さらに30年後に、作品を引き継いだ人間もこの世を去る。

その時、もう一度、第三者がそれらの作品を継承するのか。

その時間がおおよそ60年になる。

作家は、作品を残していくことができない。
残していくのは、第三者なのである。

60年を過ぎてもなお残り続ける作品は
オールド・マスターが手掛けた作品のように
後世に引き継がれていく可能性が高いという。

その長い時間の圧に耐えうる
強度を持った作品を作家は生み出すことができるかどうか。

作品を生み出す原点になった作家が
決して見ることができない遠い未来。

そこにアートのミステリアスさや
人生賛歌のようなものを感じる。

Alles Gute! (アレス・グーテ!)

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