BLOG

ブログ

彫刻家の大黒貴之(@takayuki_daikoku)です。

先日、ある人から「アーティストが制作をする上で何を大切にしていますか?」と質問を受けたので「その1つは緊張感です」と答えました。日常の制作において、集中力が途切れて、緊張感がなくなったとき、一旦、手を休めて一呼吸置くことにしています。その緊張感とはどのようにして生み出していくことができるのでしょうか。今回はそのことを少し考えてみます。

緊張感が発生するときはどのような時なのだろうか

長年世界各地の公的機関で国際外交のお仕事に携わってこられた方から、「人間力を形成していく上で、平素の勉強に加えて、緊張感のある場所に飛び込んでいくことが重要だ。しかしそのような場は自分で作り出すことはできない。だから、そのチャンスがあれば、是非飛び込むべきだ」というお話を聞いて大変感慨深く思うことがありました。

程よい緊張感を保つことはアーティストとして制作を進めるうえでも非常に重要だと考えています。これまでの制作で、いくつかのシリーズをつくってきました。そして、いくつかのシリーズをつくると、次第に次のシリーズに移っていきます。作品が移り変わっていくときは、どういうときなのだろうと考えることがあります。何か、一種の飽きのようなものなのか、それとも自分の中でもういいやとサジを投げたときなのか・・・。

最も腑に落ちた答えとして「作品に緊張感が無くなり、手を動かすだけの作業になってしまったとき」というのが脳裏に浮かびました。緊張感が生じるのは、たいてい初めて何かを試みるときであり、また不安を感じているときだと思います。一方で、初めて行うことには高揚感のようなものを同時に抱いています。その絶妙なバランス感を抱きながら、制作することがとても大切だと実感しています。

アーティストは常に新しいことにチャレンジする必要があります。現代アートのアーティストにとって、技術を向上させるのが目的ではありません。技術はとても大切な要素なのですが、アーティストにとって、自分が見えている世界や世に問いたいことを具現化するために、その技術が必要になるのだろうと考えます

程よい緊張感は「ピンッと張りのある作品」が生み出されていく大切な要素になります。おそらくあらゆる分野の仕事を行う上で緊張感を持つことはとても大切なことではないでしょうか。しかし、それはガチガチに緊張をするというものではなくリラックス感が伴った程よい緊張感「moderate tension」というイメージがしっくりときます。

芸術やプロスポーツ、芸能など主に個人が行う仕事から会社などの組織に至るまで、この程よい緊張感がなくなると芸が緩み始め、また組織は瓦解していくように映ります。

アーティストが「ハイ」になっている状態「フロー」とはどのような状態なのか?

アメリカの心理学者、ミハイ・チクセントミハイ氏は、分野の異なる高度な専門家たちが、いわゆる「ハイ」になっている状態を「フロー」と呼び、ゾーンに突入している状態だと仮説を打ち立てました。このフロー状態は、アーティストが制作する上でどのような影響を与えるのかを考えてみました。


Photo by Aaron Huber on Unsplash

彼は、フロー状態になるにはいくつかの状況が発生しているとしました。例えば、「挑戦と能力が絶妙なバランスを取っている程よい緊張状態」「周囲の状況や雑音がシャットアウトされる」
「自意識が無くなり、心配が消滅する」「時間の感覚が麻痺する」などのいくつかの項目を挙げています。

特に、挑戦とスキルのレベルが高い水準でバランス状態を保っていることが大切だとし、その集中力が持続できて、なおかつ外からの邪魔が入らない条件が整った時にフロー状態に入ることができるとしています。

チクセントミハイによるフロー体験を得る8つの構成要素(ただしフローを経験するためこれらの要素、全てが必要というわけではない)

    1.明確な目的(予想と法則が認識できる)
    2.専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。
   (活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)
    3.自己に対する意識の感覚の低下、活動と意識の融合。
    4.時間感覚のゆがみ – 時間への我々の主体的な経験の変更
    5.直接的で即座な反応
   (活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)
    6.能力の水準と難易度とのバランス
   (活動が易しすぎず、難しすぎない)
    7.状況や活動を自分で制御している感覚。
    8.活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない。

また、チクセントミハイ氏は、挑戦することと技術の関係性をチャートにしています。フロー状態に入るまでのプロセスとして、対象への挑戦レベルは、「不安→強い不安→覚醒→フロー」へと変化していきます。作品を制作する上で、私が大切にしている「程よい緊張感」はこのプロセスと非常に酷似しています。新しい作品の制作前は、自分のイメージに向けて、今の技術力を持って、アウトプットすることができるのだろうかという不安が去来します。それでもイメージに突っ込んいくとやがて高揚感を感じるようになり、周囲の雑音や評価が気にならない心境になってきます。

作品の緊張感とは、このような状態から発生するのだと考えています。制作をする上で大切にしている緊張感ですが、それは常に挑戦することと直結しているのです。そして、作品がシリーズ化されて、ある程度の予測が可能になってくるとそれはコントロールされていくことになります。この状態を感じ始めると作業の手を休めたり、また今あるシリーズは次のシリーズへ変化したりすることになります。

チクセントミハイ氏のチャートに従えば、フロー状態からその先は「コントロール→リラックス→退屈→無気力」と続きますそして、挑戦する勇気を持つことによって、先に挙げた最後の「無気力」は、再び「不安」を覚え始めます。

アーティストの仕事は、この「不安~フロー」の行き来を保ち続け、またその状態を10年、20年、30年という長い時間の中で継続していけるかどうかが要になっていくと考えています。


関連記事



 

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。