彫刻とはどういうものか?ボイスの社会彫刻論、フォールド・ドローイングからの思考。「現実」と「行為」

彫刻とはどういうものかと尋ねられれば、「現実」と「行為」だと答えるだろう。

絵画は平面性の中にイリュージョン(幻想)を形成させるのに対して、
彫刻は三次元のものが目前に厳然として「在る」ことが挙げられる。
現在では彫刻の名の通り「彫る」「刻む」という概念はすでに突破されており、
あらゆる表現技法や素材が使われている。

ドイツの彫刻家、ヨーゼフ・ボイスは、社会彫刻論を唱えて、
全ての人は芸術家であり、彼らによって形成された社会の現前性こそが
彫刻なのだと提唱した。

1つ言えることは、三次元の物体としての彫刻も社会彫刻としても、
人の「行為」によって「現実」が出現するものではないかと推測する。

それは行為によって押し出された「物体」や「足跡」のことであると考える。

フォールド・ドローイングは、「折る」という行為を通過して生まれる。

鉛筆や絵の具も使用するが、紙に対して「折る」という
直接身体を使った行為をする。

折り目がわずかに突起することで平面性は失われ、
そこにはイリュージョンではなく
「在る」という現実が発生することになる。

フォールド・ドローイング, 大黒貴之, 彫刻
Folded Drawings with dots (white-90-90-#01), 2020, 90×90cm,
紙に鉛筆とアクリル絵具・木製パネル, 個人蔵, photo:Takayuki Daikoku


2017年から制作をしているフォールド・ドローイング・シリーズ。

fold(折って)drawing(線を引く)という意味が含まれている。
初期の作品は、白と黒のみで構成していたが、
やがて赤、緑、青などの色も取り入れるようになった。
線というのは通常、鉛筆やペン、筆などで引くが、
このドローイングに描かれている線の一部は
「折る」ことによって描かれている。

その「行為」を行うことによって、フラットな二次元であった紙は、
折った箇所を起点にわずかに盛り上がり三次元になる。

そして、折って描かれた線の周辺には、
鉛筆や筆で引かれた線の連続がある。

ただ、そのどちらも「線」であることには違いない。

平面と彫刻の境界、そして線の境界はどこにあるのだろうか。

Folded Drawings with dotsシリーズでは、
いくつもの穴を開けることによって空間が現れる。

重ねられたドットの空間に発生する光と影は、
彫刻とドローイングの間を行き来させる。

ちなみに日本では彫刻のことを
「立体」と呼ぶことがおうおうにしてあるが、
ドイツ語で立体は「三次元(drei Dimensionen<ドライデメンジオーン>)」
を指すことであり、「彫刻(Skulptur<スクルプトゥア>)」とは違う概念であるようだ。

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