大黒 貴之 彫刻のないアトリエ

なぜ大切な人との別れは悲しく寂しいのだろう?その答えの1つとは

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彫刻家の大黒貴之です。

人生を歩んでいると必ず出会いと別れがあります。

出会いの分だけ別れがあると言っても過言ではありません。

人は、誰かと出会うことに対しては積極的になりやすいですが、
よっぽど嫌な人でない限りは進んで別れたいと思うことは
それほど多くはないでしょう。

卒業

引っ越し

失恋

永遠の別れ


大切な人や愛している人たちとの別れは
特に切なく悲しさを伴うものです。

なぜ人は大切な人がいなくなると
悲しさ寂しさを覚えてしまうのでしょうか?

心にポッカリと穴が開いた空虚感はどこからやってくるのだろう

テレビやネットで俳優などの著名人が亡くなったという
ニュースをよく目にします。

しかし著名人が亡くなっても、自分に直接関係がなければ、
深く哀しみを憶えることはそうそうないと思います。

「あっ、あの俳優さん、亡くなったんだ!」って
驚く人が大半なのではないでしょうか。

自分にとって、親しい人、ただの知り合いの人、
また名前を知っているだけの人がいなくなったときの感情は違います。

けれども、大切な人や好きな人との別れによって
心の中がポッカリ開いたような感覚に陥ってしまいます。

そして時間が経って、フッとした瞬間に
その空虚感のような寂しさがフワッとこみあげてくるのです。

それは、その人にもう会えなくなるという悲しさだけでなく、
何か自分の一部がなくなったような感覚と言ってもいいかもしれません。

この心の一部が空白になってしまうような感覚は
どこからやってくるのだろうと
何度も自分に問うたことがあります。

その中で気づいたぼくの1つの答えはこうです。

「その人がいなくなったことで
自分を形成していた心の一部が無くなってしまったから」

つまり、「我(自分)の一部が無くなったことが悲しく切ない」のです。

大切な人や好きな人はあなたに対して大きな影響を与えていました。

彼女/彼らは、あなたの心を形成する大切な存在だったんだと思うんです。

その人は他者であるけれども、自分でもあったんじゃないかなと。

家族

友人

憧れのミュージシャン

仕事の同士

飼っているペット

愛着のある大切な手帳

風景

植物

生まれ育った土地

語り合った時間、一緒に流した涙、一緒に笑ったこと、
共有した長い時間の中で
その人やモノに自分の存在を乗せていたのです。

あなたにとって大切な存在がなくなったということは
「大切な我(自分)の存在がなくなった」
ともいえるんじゃないかな。

別れの際に生じる悲しさや寂しさは
自分の一部が無くなったことへの悲しさでも
あるんじゃないかと思うんです。

ということはね

同じようにあなたの存在の一部は
あなたのことを大切に感じている人の一部でもあるんです。

人生には幾度もの出会いと別れがある。

大切な人との別れが
なぜこんなにも悲しく切ないんだろうって思ったことが何度もありました。

ぼくが導いた1つの答えです。

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