人生で耐えた時や辛い時に思い出したショートストーリー:苦しい時期は1000日以上は続かない
彫刻家の大黒貴之(@takayuki_daikoku)です。
長い人生、誰しも順風満帆に人生を謳歌し続けることは極めて難しいものだと思います。歴史や時代にも、波があるように人生にもまた波があります。
「苦しい時期は1000日以上は続かない」と誰から聞いたことを憶えています。また、冬の語源は、「ふゆる」。そして、「ふゆる」は、「ふえる(増える)」から成った言葉だと聞いたこともあります。なかなか前に進むことができない冬の時期は次の春に向けて開花するためのエネルギーを増やしている時期なのだと。季節にも四季があるように、冬の時代があれば、また春の時代がある。今回は人生の辛い時に私が思い出したショートストーリーです。
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人生、歴史、技術は階段状に向上していく:ヘーゲルの概念「アオフ・ヘーベン(止揚)」
ドイツに住み始めた2011年当時は、自身の作品スタイルをもう一度再構築するためアクリル絵具を使った絵画やドローイングを描きながら模索する毎日でした。そのようなときはなかなか精神力や根気が必要ですが、振り返ると次の階段を上るためのチャンスだったのでしょう。
ドイツの大哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルは、「人の人生や歴史、技術の発展などは右肩上がりに斜めに上がっていくのではなく、階段状になって向上していく」のだと論じました。
平行線が続き、何かしらの反対の作用がぶつかって、ある時点で突然グンッと真上に上昇し、また平行線を辿る。ヘーゲルによると、全ての出来事は、その階段状の繰り返しなのだといいます。平行線が続いた後の上がる瞬間のことを「止揚(しよう)」、ドイツ語で「Aufheben/アオフヘーベン」といいます。止揚の前は、とても苦しくまた精神力がいる瞬間でもあります。しかし、このようなときこそ、深く思索をする時であり、それが次の良い作品や良いアイデアへつながっていく過度期なのだと考えます。
様々な訓練や練習、語学、人生の中での気づきや発見、また混沌とする時代背景など。平行線が続き、壁にぶち当たるときがどんなときにでもあります。立ちはだかる「反」的なものと衝突した結果、新しい何かを発見することができるのはないでしょうか。
人生の辛い時を何度も乗り越えてきた日本人女性との物語
タキエさんという日本人女性にお会いしたのは2002年のドイツでした。彼女は40年以上ドイツに暮らし、日独の友好に力を注がれました。初めてお会いしたにもかかわらず、以前にも会ったことがあるかのように食事を作ってくださったり、南ドイツの街を案内してくださるなど大変良くしてくださった思い出があります。
「困っている人を見るとほっておけないのよ」
元気な笑顔でぼくに接してくださった姿を忘れることができません。そのような包容力のある心はどこから生まれてくるのだろうと考えていました。彼女の生涯を聞くとまさにドラマのような人生を送ってこられました。中には言葉では言い表すことのできない辛い出来事を何度も経験してこられました。時折、笑顔の隙間に一瞬見せる彼女の悲しい表情が私の眼に焼き付いています。
ある日、彼女が私を車に乗せて、ニュルンベルクの街を案内してくださいました。街から帰宅する途中、夕立になり前が見えないくらい土砂降りになりました。T字路から幹線道路に左折する際、車の往来でなかなか曲がることができません。
私は心中「はやく、車の往来が止まらないかなぁ」とヤキモキしていました。
その刹那、彼女が小さな声で、
「大丈夫ですよ。いつか必ず行けますからね」
タキエさんはもう遠くにいってしまいましたが、彼女と共有した時間は私の心の中に大切にしまってあります。自身もこれまでの人生でなかなか前に進まないときはありましたし、きっと今後も出てくるかもしれません。そのとき、あの車内の景色と彼女の言葉をいつも思い出します。
「いつか必ず行けますからね」
京都三条、今はもうない赤ちょうちんの居酒屋大将との物語
ところは変わって京都三条。
三条大橋近くの赤く光る赤ちょうちんの大衆居酒屋。
暖簾をくぐって年季の入った店内に入ると何とも言えないごちゃごちゃ感。けっして小奇麗だと言えないがなんだか不思議な居心地良さが漂っている。小さな店の中をグルリと囲むようにカウンターがあってその中の厨房で大将が一人、料理と接客をしている。
「いらっしゃい!」
にこやかな笑顔で私を迎えてくれる。
そんな京都三条大橋の赤ちょうちん。
Photo credit: yasuoogle via VisualHunt.com / CC BY
20代の頃、よくそのお店に連れていってくださった方がいてその方を通じてその大将と知り合りました。
「今度、京都で個展するんです」
大将に言うと
「へぇ、そうなんや。じゃぁ、たくさんお客さん来てもらえるようにカウンターに案内状貼っとくわな」
彼とは親子くらいの年齢差で、お店で会うことがほとんどでしたが、同じ滋賀県出身ということもあったからなのでしょう、私は彼のことを好意的に思っていましたし、きっと彼も気にかけていてくれたのだと感じていました。京都で彼と一緒に飲みいったときのことはよく憶えています。2011年、ドイツに渡る直前、自宅で開催した「大黒貴之彫刻展 渡独以前」の際には京都から会場まで駆けつけてくれました。
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「売上を意識する日ほど客がけえへんのや。不思議なもんやな」
「今日は売上を上げるぞ!とか自慢の一品を作ったからこれはよく出るぞ!って息巻いた日ほど売り上げ上がらへんねんなぁ・・・でも肩の力を抜いて楽な気持ちの時ほどよく出るんやな。不思議やな」大将がカウンター越しの厨房からそう、話してくれた言葉をしばしば思い出すことがあります。
「勝ち」を急ぐときほど「勝ちが遠のく」
そのような言葉を最近聞く機会がありました。集中しながらも肩の力を抜いてリラックスをしている「ちょうど良い緊張感」を保つことが大事なのでしょう。別の言い方でそれは「しなやかな状態」とも言うのかもしれません。制作、普段の生活、人間関係、思考など、この「しなやかな状態」で実行できることを心がけようと意識しています。
人生の酸いも甘いも見てきた赤ちょうちんの大将。
お店のような何とも言えない心地良い笑顔とその口調。
今はもう遠いあちらの世界に逝ってしまいましたが、何か気が焦っているときや勝ちを急いでいるとき、カウンター越しから私を見る大将の笑顔が目の前に浮かび上がります。
「大黒くん、そんな力(りき)まんと、もっと肩の力抜きはったらどうや?」
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