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彫刻家の大黒貴之(@takayuki_daikoku)です。

今回は、現代アートの父ともいわれているマルセル・デュシャンのお話をします。かつてマルセル・デュシャンという芸術家がいました。今からさかのぼること、100年前の1917年、ニューヨークのアンデパンダン展という誰でも参加できる公募展が開催されました。デュシャンは、男性便器にR.MUTTという架空人物のサインをしてその公募展に匿名で応募しました。しかし「なんじゃこりゃ!こんなもんはアートじゃないっっ!」と審査員たちから罵倒され、誰でも参加できるはずのこの公募展に出品を拒否されました。その後、その作品は行方不明になり、今、美術館で見ることができる便器の作品は、「泉」はレプリカです。

その便器は「泉」と名付けられた

マルセル・デュシャン 泉
Photo credit: filosofianetdadaismo via VisualHunt.com / CC BY

この「泉」がなぜ、現代アートの世界で最重要作品の1つに位置づけられているのかというと、この作品はアート作品の観方、或いは考え方を変えたと言われているからです。男性便器は、通常では用をたすのに使われるものです。ですので、本来はアート作品でもなんでもありません。

しかし、デュシャンはその便器にサインをして美術館に展示されたらどうなるのか?という問いを突き付けたわけです。(ちなみに「泉」というタイトルはフランスの新古典主義の画家ドミニク・アングルの「泉」からヒントを得ていると言われています)

鑑賞者の頭の中で作品が完成する

便器を見てもただの便器。しかし、便器にサインされたものが美術館という権威のある場所に展示されたとき、果たしてそれは便器なのか?それともアート作品なのか?デュシャンの「泉」を前にしたとき鑑賞者は、頭の中にたくさんの??が点灯するはずです。「なんでこの便器がアートなの?」と。しかし、その過程で彼の考えを知ったとき頭の中でハッと何かに気づくわけです。

つまり「アート作品は目前にある美しい絵画」という概念から、「その作品を起点にして、鑑賞者の頭の中で完成するのがアート作品だ」というコペルニクス的転回が起こったわけです。

この「泉」騒動は、時を経て「便器事件」と呼ばれるようになりました。デュシャンの考えはコンセプチュアル・アートへとつながる原動力にもなり、その後の作家たちに多大な影響を与え続けています。しかし逆説的に言えば、100年経った今でも現代アート界はこのデュシャン的呪縛から逃れられずにいるのです。

・・・・・

マルセル・デュシャンは、作品と鑑賞者の関係性について次のように述べています。

All in all, the creative act Is not performed by the artist alone; the spectator brings the work in contact with the external world by deciphering and interpreting its inner qualifications and thus adds his contribution to the creative act. This becomes even more obvious when posterity gives its final verdict and sometimes rehabilitates forgotten artists.(出典:The Creative Act, 1957)

「概して、創造的行為はアーティスト一人だけで行われるものではない。鑑賞者は作品の内なる特質を読み取り解釈することで、作品と外界との接触を生じさせ、そのことによって創造的行為に参画するのである。このことは後世の人々が作品の最終的な評価を下し、時として忘れられたアーティストの名誉を回復させる際、一層明白となる。」(翻訳:大黒貴之)

芸術作品の中には、時間差で再評価される作品があります。50年後の鑑賞者たちが創造的行為に参加したことによって、初めて作品と鑑賞者がリンクするような時です。

作家は作品を生み出すことはできますが、未来においてそれらを残していくことはできません。「作品を評価し残していくのは、鑑賞者という第三者(後世の人々)である」という彼の言葉にとても影響を受けています。

最後に、彼の墓碑銘に刻まれた一言。

「されど、死ぬのはいつも他人」

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